第472話 ゴリラがいます(1)
「あぁぁ! おれのごりごりちゃんが!」
三兄弟の次男が叫んだ。
だが、もう、ごりごりちゃんと呼ばれたゴリラの魔物は、既にグレストールの口の中に奴隷の人間ごときれいに収まっていた。
魔人の三兄弟たちは、エメラルダをにらみつけた。
「あっ! お前! さっきの天然女だな!」
さっきとは、エメラルダ達が小門から出てきて、このゴリラの三兄弟たちと争った時のことを言っているのだろう。
実際に、時間としては、あの状況からまだ、半日も経っていないのである。
ゴリラ魔人たちの小さな脳でも、エメラルダを記憶しておくには十分な時間であった。
三男の魔人はあたりを確認する。
「兄貴! ディシウスの奴隷がいないみたいだ! と言うことは、きっとこの女一人だぞ!」
残り二人の魔人も、それを確認するかのように当たりを見回した。
確かにディシウスの奴隷女の姿は見えない。
と言うことは、この天然の人間女は自由にしていいことになる。
「お前! よくも俺たちのバナナを台無しにしてくれたな! 分かってるんだろうな!」
長兄魔人は、エメラルダを脅す。
エメラルダは、不敵に笑う。
先ほどゴリラの魔人たちに打ちのめされた時とは明らかに違う余裕の表情である。
「てめえ! 調子こいてんじゃねえぞ! バナナの代わりに、お前の頭を寄こせ!」
ゴリラの長兄はエメラルダに向かって突進した。
しかし、その動きはピタリと止まる。
エメラルダの前に、一人の少女がダルそうに立ちふさがったのだ。
その女の表情とは逆に、長兄の目は大きく見開かれ震えていた。
――この女……ミーキアンの奴隷……
おびえる長兄の足が、徐々に徐々にと後ろへとずり下がる。
エメラルダの前には、ため息をつくリンの姿。
リンの主人は第3の騎士の門を守護する魔人騎士のミーキアンだ。
ディシウスよりも、さらに格上……
こんなのに手を出したら、最悪だ。
100%食われることは間違いない。
いや、簡単に食ってくれるのならまだマシな方だ。
おそらく、進化を極めた魔人騎士にとって、魔人たちの命など食う価値もないのだ。
ならおそらく、見せしめのごとく苦痛を味合わされながら殺されることになるのだろう。
例えば、手足を徐々に切り落としながら。
いや、三兄弟で、互いに互いの首に押し当てたのこぎりを引かされるかもしれない。
そんな恐怖を瞬時に感じる三兄弟たちの顔色は、急に青ざめた。
「ちぇっ! 今日のところは許してやるよ!」
震える長兄は、やっとのことで捨て台詞を吐き捨てた。
だが、リンにはその言葉が癪に障った。
ただでさえ、魔物バトルなど好きでもないのだ。
そのうえ、なぜか、すぐ食べられると思っていたタカトたちが、いまだ健在でトラックの上を走っている。
しかも、トップになっているではないか。
その原因が、このゴリラたちの不正によるものだと思うととたんに腹が立ってきたのだ。
――コイツラがいらんことをしなければ、タカトさん達はすでにこの世にはいなかったはずなのに……
リンの冷たい視線が、ゴリラの三兄弟を威嚇する。
その殺気たるや、すでにゴリラたちは、完全に戦意喪失、スキさえあれば、ダッシュで逃げるといわんばかりのおびえようである。
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