第579話 掴んだ手を放す時

 オキザリスの真剣なまなざしに慌てたモーブは大声をあげた。

「ちょっとまて! さっき俺らに出した結婚の条件はどうなるんだ! 奴だって、条件を満たしてないだろ?」


 そんな問いかけが意外だったのかオキザリスはきょとんとしていた。

「えっ? この子は四神ししん、いや心身しんしんに金玉と亀頭と皮衣をもっているじゃない」


 はぁぁぁ?

 当然、モーブはその答えに唖然とした。

 というか、あの小さなピーでいいのか?

 ピーでいいのなら、だいたいの男なら全員持っているョ。

 という事は誰でもよかったってことなのか!

 オイオイ!


「それなら俺たちだって!」

 気を取りなおした三人は再びズボンをずり下げようと腰のベルトに手をかけた。


 だが、その様子を見たオキザリスは高笑い。

「オホホホホ! あなたたちは皮衣持ってないでしょ!」


 確かにそうである。

 この三人組のマンモスという名のサバンナゾウ。

 すなわち鼻だけはずるりと脱皮済みなのだ。

 いうなれば、鼻垂れ小僧と言うなのかりそめの青春をぬぎすて、人生の荒波に裸一貫むき出しで立ち向かう性春の大人なのである。

 いや、もしかしたら、レッドブックに掲載された絶滅寸前のサバンナゾウのように、彼らの体はすでにその役割を終えようとしてるのかもしれない。

「くそっ! 動け! 動け●●●! マジンガー●●●! 動いてくれぇぇぇ!」


 はい、そんなあなたにはバイアグラ!

 そのくろがねのような固さに、きっと驚くことでしょう!

 ファイヤァァァ! ラブスタァァァァァァァァッァ!

 なお、使用については使用上の注意及び、医師の指導を受けましょう!


 って、そんなことはどうでもいいんだよ!

 今、重要なのはそんな事ではない!


 そうそう、オキザリスって、頬かむりの少年が好きだったのか?

 いわゆるショタずきというやつ?

 ということは……このおっさんたちもマンモスでなくて作者と同じ火性の惚けほうけ人なら良かったのに……

 まぁ、今さら悔やんでももう遅い! って何を悔やむねん!


「そんな事、なんで知っているんだよ!」

 すでに半ケツ状態になっているアルダインは不思議がった。

 皮衣を持っていないことをモーブや史内に言われるのであれば納得ができる。

 というのも、この三人、トイレに並んで立っているときに互いにのぞき込んだことがある間柄なのだ。

 もう、サバンナゾウの鼻の形や色までよく知っている!

 こんな三人の間に隠し事なんてナッシング!

 あっ! 後ろの穴は見たことないか……だって、穴をほじくり合う間柄じゃないからね!


 だが、オキザリスにはパンツの中など見せたことがない。

 いや、見せたいと言えば見せたいのだが、そんなことをすればモーブたちが黙っているはずがなかった。


 当のオキザリスは先ほどから口に手を当ててニヤニヤと笑っている。

「えっ? 男子トイレの壁にのぞき穴があるの知らない? 『危蕎~麦~アブソーバー』裏メニュー! 銀貨1枚で5分間のぞき放題! その気のある人たちには結構人気なのよ♪」


 あぁ……あのトイレの壁にある節穴の事ね!

 あるある!

 確かにあった!

 前だけでなく、ご丁寧に上下左右、便器を取り囲むように全ての壁に穴がありましたわ!

 てっきり木目調の板が古くなって節が抜けたものばかりと思っておりました。

 だって、このソバ屋、ぼろいんだもん!

 って、あれ、のぞき穴だったの?

 という事は、用を足しに行くたびに、あの穴から誰かがのぞいていたわけか……


 それを聞いたモーブは何かを思い出したかのようにブルリと身震いをした。

「どおりで、熱いそばを食べていたら、いつも背後から熱い視線を浴びていたような気がしてたわ……って! おーーーーーーい!」


 だが、アルダインはふと何か思いついたようである

「という事は女子トイレにもあるのか!」


 そんな裏メニューがあるとは知らなかった。

 そばつゆタワーなんぞする金があるのなら、その穴という穴を全てキープして、ことあるごとに、オキザリスの秘密を覗いていればよかった!


 オキザリスはバカにするかのように鼻で笑った。

 そして、まるでその問いかけを予想していたかのように、瞬時に両手で大きくバツ印を作ったのである。

「残念でした~! そば粉せんべい(ゴキブリ駆除剤入り)ですでにふさいでいま~す!」


 ――ちっ! しまった! やはりあったのか!

 それを聞いたアルダインの顔が苦虫をつぶしたかのように残念がった。

 しかし、穴をふさいでいるのはせんべいか……

 だが、箸でごつごつとつついたのでは目立ってしまう。

 というか、穴の中に固いものを突っ込むなんてナンセンス!

 指だって爪をちゃんと切って、でっぱりが無いように磨いておくのがマナーというモノだ!

 そんな繊細な穴だ。

 できることなら、音を立てずに念入りに舌で湿らせて徐々にほぐしていくのが上策というもの!

 だが……だがである……その詰め物は、ゴキブリ駆除入り……

 舐めて穴をあけるのは不可能に近い。


 あぁ……普通の体が妬ましい……

 不死の体があれば、そんなせんべいもベロベロ舐めて、せんべい膜を貫通させたものを……


「そろそろ私の話をしてもいいだろうか」

 ズボンを上げたスザクはバカ話にひと段落がついたと見てしゃべり始めた。


「オキザリス、私と共に大門を安定化してもらえないだろうか?」


 アルダインたちにアッカンベーをしていたオキザリスの表情がすっと真顔に戻る。

「大門を安定化?」


 スザクは続ける。

「いまやエウアという主を失った大門。そんな大門によって世界は飲み込まれ続けてお前の蕎麦屋のようにボロボロになっている。このままでは、いつか、この聖人世界そのものが消え去ってしまうだろう」


 それを聞くオキザリスの表情は引きつっていた。

「ボロボロ……」


「私はそれを止めたい……」

「スザク、あなたならそれが止められるというのですか?」

「いや、私だけではだめなのだ。どうしても私と共に歩んでくれる王の存在が必要なのだ」

「それで私に王になれと言うのですか?」

「あぁ……だが、王になれば不老不死となり、永遠に大門を守ることなる」


 咄嗟にそれを聞いたモーブはオキザリスの腕を掴んだ。

「やめろオキザリス! 永遠に生きるという事は、永遠に苦しむという事なんだぞ!」


 さらにモーブは語気を強める。

「お前が守ろうとしている孤児たちが、お前よりも先にどんどん老いて死んでいくんだぞ。それを何もできずにただ見つめ続けないといけないんだぞ。何度も! 何度も! 分かっているのか!」


 そんな会話にアルダインが言葉を挟んだ。

「なに不老不死だと? なら俺が王になってやってもいいぜ!」

 そう、不死になればモーブたちをなぎ倒してオキザリスを独占できるのだ。

 しかも、ゴキブリ駆除入りのせんべいなど不死の体には無力!

 どんなに金城鉄壁の処女だって、一撃貫通ロックオン!

 気にすることなくその穴をこじ開けることができるのだ。

 さあ行こう!

 レッツ! オープン! ザ! ドア!

 未知なる世界へ!


 だが、スザクは首をふる。

「いや……アナタでは門を開けてしまう……門は開けてはならないんだ」


 だが、それを聞いたアルダインは不思議に思った。

 エウアを封じていた大門。

 大門の向こうにはエウアが住んでいた世界があると言う。

 しかし、すでにエウアがいなくなった今、大門を開けることに何の抵抗があると言うのだろうか。


「大門の中の世界は神々が住まわれていた世界だ」

「神々の世界?」

 アルダインはスザクに問いただした。


「あぁ、私たちのようにアダムの飛び散った命気から生まれた残りかすのような神とは異なり、真のより高位の神々だ。そして、大門を開ければ、その神々の怒りが放たれることになる」

「神々の怒りだって?」

「そう、それはこの世界を100回破滅させてもまだあまりの有る雷だ。雷を受けた世界は滅び、その影響を受けて生態系そのものが全く違うものへと変貌してしまうという」


 ――神々の怒りか……

 スザクの言葉を聞いたアルダインの手は小刻みに震えていた。

 これは恐怖か?

 いや、俺の体は歓喜しているのだ……

 もし俺がそんな驚異的な力を手中にすることができれば……せんべいなど……いや、オキザリスを屈服させることも容易……!


 そんなアルダインの変化に気づいてか気づかずかスザクは話を続けた。

「そして、この世界に存在する私たちのような神をまがい物として敵視する者がいるのだ」


 アルダインが咄嗟にこたえる。

「エウア教の事か……」


「あぁ、その通りだ。その者たちはエウアを唯一の神として祭っている」

「という事は、エウア教の信者たちは大門を開けたいという事なのか?」

「恐らくそうだろう。いなくなったエウアを見つけだした暁には、元の世界におくりとどけようとしているのだ」


 それを聞くアルダインは首を傾げた。

「だが、それだとおかしいではないか。たしか、騎士の門がキーストーンを守って大門を開けられないようにしているのではなかったのか?」

「大門が砕け、エウアがいなくなった今、騎士の門のセキュリティー機能は消え去った。しかも、私の力だけでは大門を安定化させるだけで精いっぱいなのだ」

「というと?」

「騎士の門の中でキーストーンを守る存在もまた必要なのだ」

「そのキーストーンを守る者も不死なのか?」

「あぁ……一応……不老不死だ……」


 予期していたこととはいえスザクの回答にアルダインはにやりと笑う。

「なら、俺がその役目をやってやるよ! なんてったって、オキザリスを守るためなんだろ」

 史内もまたガッツポーズをとっていた。

「……!」


 だが、モーブは納得できない。

 オキザリスを掴む手にさらに力を込めていた。

「オキザリス! 本当にいいのか? 今ならまだ考え直せるのだぞ!」


 少々小刻みに震えるオキザリスの唇が動く。

「でも、私一人の犠牲であの子たちが……いや、世界が救われるのなら」

 だがその震える声とは裏腹に、オキザリスの瞳は既に決心したように強い輝きが込められていた。


 そんなオキザリスの目を見てしまったモーブの手が緩む。

 モーブの意思とは全く関係なしに、無意識に緩んでしまったのだ。

 ――オキザリス……何を言っても無駄なのか……

 そして、ついにモーブはオキザリスを掴んだ手を放してしまった。


「モーブさんはアルダインさん達のように騎士の門を守ってくれないの?」

「……」


「王になる私を守ってくれないの……」

「……」


「ねぇ……どうしてもダメ?」

「少し考えさせてくれ……」

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