第392話 深淵の悲しみ 浅瀬の忠義(1)
コチラは暗い小門の中。
先ほどまで、ウサミミの暗殺者と対峙していたヨークが、魔血切れとなりぶっ倒れていた。
すでに意識を失い動かない。
もう、その体は失血死が早いか、人魔症を発症するのが早いかのいずれかのようである。
だが、その選択すら、今のヨークにはできなかった。
体が動かない。
ぼやける意識が真っ暗である。
何も見えない……
何も聞こえない……
生きているのか死んでいるのかも分からない。
――ヨーク……ヨーク……
どこからともなく、かすかな女の声が、ヨークの名を呼んだ。
この声は、以前何処かで聞いたことがある声。
懐かしい声……
ヨークの体表をざわざわとした感覚が走り抜け行く。
――だれだ? 俺をよぶのは……
しかし、ヨークの目に映る光景は、まぶたが開いているのか、閉じているのか分からないぐらい、真っ黒な世界であった。
暗闇はヨークの体の平衡感覚をも奪っていた。そう、立っているのか、寝ているのか、はたまた浮いているのかすら分からなかったのだ。
だが、ヨークは懸命に顔を振って声の主を探した。
なぜか、その声を聞くと胸が熱くなる。
苦しい。
胸が張り裂けそうになるぐらい苦しい。
今まで我慢していた何かが、胸の中で膨らんでどうしようもないぐらい辛くなるのが分かった。
その声の主を、必ず探し出さないといけないという焦りが、どんどんと湧き上がる。
どこだ!
どこだ!
懸命に体を動かそうとするヨーク。
どこだぁぁぁぁぁぁ!
――ダメ……アンタは、まだ、こっちに来てはダメ……
その声は、暗闇の中に身をひそめ、まるで、ヨークの目から避けるかのように、ぐるぐると回る。
もの悲しそうなその声色が、ヨークのもとに近づきたくても近づけないといわんばかりに大きくなったり小さくなったりしていた。
――メルアか! メルアなんだろ! どこにいるんだ!
ヨークは暗闇の中を必死で駆ける。
だが思うように動かない。
しかし、ヨークは重い体を必死に動かす。
ココであきらめたら、また後悔することになる。
今度こそは!
だから!
動け!
動け!
動いてくれ! 俺の体!
ただ、走っても走っても追いつけない。
足がふらつき、体がこける。
それでも、膝を立て、また走り出す。
――ヨーク……アンタは、まだするべきことがあるはずだよ……
その声と共に、ヨークの目の前に小さな光が現れた。
まるで、その光のもとへ走れと言わんばかり、ヨークの背中を、小さな女の手が押していく。
――メルア! メルアなんだろ!
光のもとへと押し出されるヨークの体は抵抗する。
そして、背中を押す者の姿を見ようと必死に振り返ろうとした。
しかし、体は動かない。
何かに縛り付けられるかのように、ピクリとも動かない。
だが、体はどんどんと押し出されていく。
否が応でも光が近づき、その光の中心へと渦巻く流れがはっきりとみえ出した。
「俺は、お前のもとに居たいんだ! もう、二度とお前を失いたくないんだ!」
ヨークは懸命に叫ぶ。
体が動かぬヨークにとって、叫ぶ以外に方法がなかったのだ。
しかし、その声を聞いた途端、背中を押す手の力が弱まった。
そして、その手は優しくヨークの体を抱きしめた。
……ありがとう……
その瞬間、ヨークは体をひるがえす。
そこにいるのはメルアのはず!
――メルア……
だが、振り返ったヨークの目に映ったのは漆黒の闇
何もない。
次の瞬間、ヨークの胸が、やさしくトンと誰かに押された。
後ろにふらつくヨークの体が、光の渦へと吸い込まれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます