第391話 鈴を持つ女(8)
だが、女は、なぜかそれをしたくなかった。
と言うか、無意識に拒絶してしまったのだ。
行き先を聞いた時、エメラルダは、すぐさまミーキアンの城を目的地として名指しした。
それは、このエメラルダがミーキアンと何らかの関係があるということを意味する。
しかし、エメラルダの素性を知らぬ女にとって、あくまでも、これは推測だ。
だがもし、その推測が外れて、ミーキアンがエメラルダ達をエサとして認識したらどうであろうか?
一緒に城に入った女自身もまたエサとしてみなされてもおかしくない。
いくら女がディシウスの奴隷であったとしても、ディシウスとミーキアンとでは力関係が、それほどまでに大きく違う。
この世界で人間はただのエサだ。
弱い魔人の奴隷は、強い魔人に食われかねない。
そんなこと、女は言われなくても分かってる。
だから、常に、強い魔人と会う時には警戒するのだ。
いつでも、逃げ出せるように、辺りに気を遣うのである。
今回、もし、エサとして認識されたとしても、ミーキアンが、エメラルダ達を襲っている間に逃げれば済むことだ。
だが、その場には、あのリンもいるだろう。
神民魔人も何人かいるかもしれない。
逃げ出せるだろうか。
いや、自分一人ぐらいなら何とかなる。
そんな自信はあった。
だが、そんな事よりも、エメラルダ達が、食われることの方がいい気がしなかった。
人間が食われることには慣れている。
街を通った時でさえ、食われる人間を見て何も感じなかった。
それが、既に女の中では当たり前の光景になっているのだ。
なら、なぜ……
女は自分自身でも不思議な気持ちになった。
ゴリラの魔人たちに襲われている時もそうである。
今は、ディシウスの命を受けた身である。
わざわざ火中の栗を拾っても面倒なだけなのだ。
それどころか、自分の存在がミーキアンの耳に入るかもしれない。
得る物の方が少ないのだ。
――あの男が弟に似ていたから……
その思いを打ち消すかのように女は首を振る。
――いや、そんなことはない。アイツは死んだ。そして、私は、アイツを憎んでいる。
足が止まった女は、うつむき、唇をかみしめた。
――アイツのせいで、みんな不幸になったんだ……
あの時の光景、父が頭をかみ砕かれた瞬間が、目に浮かぶ。
何度も何度も、忘れようと思った光景だ。
ディシウスによってかみ砕かれた父の頭。
そして、その後、父の仇であるディシウスの奴隷として生き続けなければならない自分。
――だから、私は、アイツを憎み続けなければいけないんだ。じゃないと……私が壊れてしまう……
強く握りしめた拳が小さく震える。
……母様……母様……会いたいよ……母様……
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