第390話 鈴を持つ女(7)

 エメラルダは何も言わずに、その招きに従った。

 ゆっくりと、ミーキアンの城へと歩を進める。

 それに比べて、タカトとビン子はビビりまくり。

 子犬のように、エメラルダの背後にピタリと引っ付き、辺りをきょろきょろしながらついていく。

 まだ、その後ろをヒョコヒョコとついてくる半魔の犬のハヤテの方が度胸がある。

 と言うか、ハヤテ君、君、ついてきてたの?


 脇道に身を隠した鈴を持つ女は、壁を背にして、その様子を伺っていた。

 ――あれが、リンか……

 小剣の束に手をかける。

 だが、その時、エメラルダの後をついて歩いていたリンが振り返った。

 鈴を持つ女が隠れている壁をじっと見つめる。

 ――チッ、さすが、神民魔人のミーアとタッグを組むだけある……

 小剣の束から手を放すと、そのまま城とは間逆の方向へと歩きだした。

 ――そう簡単には、ミーキアンの持つ『天鳥の羽衣』を奪えぬか……

 まぁ、どうせ今日は様子見だ。さらさら、ことを荒立てる気はさらさらなかった。


 この女は、ディシウスからの命令を実行している最中であったのだ。

 そのディシウスは、恋人である魔人に取りついた荒神を引きはがす方法を探していた。

 そのため、その方法を探しに聖人世界にも幾度となく足を運んだ。

 荒神を払う儀式があると知れば、その知識を得ようと、人間の頭を食らった。

 しかし、聖人世界で魔人の姿は目立つ。

 そこで、ミーキアンが持つ『天鳥の羽衣』を欲したのだ。

 この羽衣は、身にまとうものの姿を見えなくすることができる超レアな一品。

 だから、ディシウスがミーキアンに、その羽衣をくれと言っても、当然くれる訳はない。

 なら奪うまで。

 欲しいものは力づくで手に入れる。

 それが、魔人世界の掟である。

 だが、羽衣を持つミーキアンは魔人騎士だ。当然、神民魔人をはじめ多くの魔人たちをひきつれている。

 ディシウスがいくら屈強な傭兵であったとしても、所詮は一人。多勢に無勢。

 100%、かなうわけはなかった。

 ならば、盗めばいい……

 そこで、ディシウスは、女に『天鳥の羽衣』のありかを探らせていたのである。


 女はふと、考える。

 ――なぜ、そもそも私は、身を隠したんだ。

 いや、リンの勘は鋭い。

 ミーキアンに向ける女の敵意をすぐに感じ取るだろう。

 やはり、それはマズイ。

 だが、リンが出てきたことによって、少し安堵したのも事実である。

 リンは奴隷の人間だ。

 人間が人間を食うことは、まずありえない。

 と言うことは自分がいなくとも、エメラルダ達がたちまち食われることはないだろう。


 だが、よくよく考えれば、エメラルダ達を、ミーキアンに献上しに来たと言えば、それはそれで体裁が整うのではないだろうか。

 今にして思うと、その考えも悪くない。

 ミーキアンの城の中に入る絶好のチャンスだったのだ。

 当然、天然の人間を献上するのだ、それ相応の見返りがミーキアンから示される可能性もある。

 その褒賞が『天鳥の羽衣』ではまずありえないだろう。

 だが、城の中の構造を知る絶好の機会であったことは間違いないのだ。


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