第389話 鈴を持つ女(6)

 だが、ロープに引かれるおかげでタカトたちは、鈴を持つ女の所有物として、行きかう魔人たちから認識されていた。

 それは、鈴を持つ女の主である一般魔人ディシウスの所有物と同義である。

 ディシウスの名を怖がる魔人たちは、誰もタカトたちに手出しすることができなかった。


 魔人たちは遠巻きに見つめるだけ。

 鈴を持つ女の胸が揺れるたびに、目の前の魔人たちが恐る恐る道を開けていく。

 ディシウスと言う魔人がそれほどまでに怖いのだろうか。


 そんな様子を見て、女の後をついていくタカトは先ほどまで感じていた怒りや恐怖といった感情がうっすらと消え去り、少し落ち着きを取り戻すことができたようである。


 いまではうすら笑いを浮かべているタカトは何やら悟ったようである。

 

 ここは魔人国。強い奴が正義なのだ。

 要は、この鈴を持つ女から離れなければ、俺の命は保証される。

 いや、それどころか何をやっても意外とOKなのかもしれない。

 ウシシシッシ!


 それほどまでにディシウスという魔人の脅威は凄いのだろう。

 理屈が分かればなんという事もない。

 ――なら、この女をとことん利用するまでよ。

 

 まさに、虎の威を借る狐!

 いや、ディシウスの奴隷女の威を借るタカト!

 もう、プライドもくそもあったものではない!


 ――バカか! プライドで腹がふとるか! フライドチキンの方が何倍もましだ!

 そもそも、いじめられっ子たちにいじめられても気にも留めないタカトである。

 こういう時の切り替えは、実に早い! 


 と言うことで、タカトはまるで女のご機嫌でも取ろうかと言わんばかりに話しかけはじめた。


「ワタクシめはタカトと申します。アナタさまの名前は何と申されるのでございましょうか?」

 両手をコネコネ。

 女よりも目線を落としたタカトは上目遣いで、いやらしく、それはとてもいやらしい猫なで声を出した。


 だが、女はタカトに目をやることもなく、つっけんどんな態度。

「名前などない!」


 ――おりょ? 何かご機嫌ななめのご様子!

 咄嗟に話題を変えようとしたが、何を話そう……

 ココは無難に天気の事とか?

 今日はお日柄もよく……って、結婚式か!

 ということで、タカトは先ほどから少々気になっていた事を口にした。


「あのですね……そのお腰につけた鈴は何でございましょうか?」


 それを聞いた女は、腰の鈴にそっと手を当てた。

「これのことか?」

 瞬間、女の表情が先ほどまでのこわばった表情から一転して、少しだけ優しそうに微笑んだような気がした。


 それを見るタカト。

 ――この笑顔……どこかで……


 その笑顔は、どこか姉の笑顔に似ていた。

 あの家族が皆そろっていた頃の温かい笑顔。

 いつも庭先でタカトをイジメては笑っていた姉の笑顔そのものだ。

 だが、そんな笑顔も獅子の顔の魔人によって壊された。


 ――いや、そんなはずは……姉ちゃんは死んだはず……


 女は指先で鈴を弾くと、チリーンと澄んだ音が響き渡った。

「これは、荒ぶる神をなだめる鈴だ。そして……母様からの形見の鈴だ」


「母さんの形見? ……お前、家族は?」

 それを聞くタカトの顔がこわばった。

 この女もまた、自分と同じように家族を失ったのだろうか……


 女は鈴を固く握りしめると、つぶやくような声を絞り出した。

「……私と母様だけが生き残ったんだ……そして、母様は私を守るために……魔の養殖の国に繁殖用として売られた……」


 その女の目に無念そうな涙がうっすらと浮かんび、口角が小刻みに震えている。

 まるで、今にも泣きだしたいのを必死でこらえいているかのようであった。


 ――こいつも、俺と同じか……


 タカトは、先ほどから何か思い詰めていた。

 母によってタカトが崖から落とされた時、あの後、母と姉がどうなったのか今まで考えもしなかった。

 てっきり父と同じように殺されたものだと思っていたのだ。

 だが、仮に、生きていたとしたら……

 母と姉は獅子の魔人によって殺されることなく生き延びていたとしたら……

 姉はこの女ぐらいの年になっていてもおかしくはない……

 何よりもあの鈴の音色は、母のもつ鈴の音色と瓜二つ……

 この女の、あの笑顔……


 まさか……


 いや、まさか……


 だがしかし……


「お前……もしかして……俺の」


「ついたぞ、ココがミーキアンの城だ」

 というや否や、女はすぐさまロープを放して踵をかえした。


 それと時を同じくするかのように城の門が低い音を立てて両開きに開き始めた。

 徐々に開いていく暗き入り口の空間ら一人の女性の姿が見えた。

 

 それが見えた瞬間、鈴を持つ女は脇道へと駆け込み姿を消した。

 それはまるで、入口から現れる女に姿を見られることを嫌がるかのような動きであった。


 一方、門から出てきた女はしずしずとタカトたちの前へと歩いてくる。

 どうやらメイドの様である。

 なぜそんなことが分かるのかって?

 だって、その女はメイド服を着ていたのだ。

 だが、どうやら、このメイドもまた人間のようである。

 しかし、ここに来る間に出会った他の人間たちのように胸の刻印を見せてはいなかった。


 ――奴隷じゃないのか?

 タカトは少し残念がった。

 ――メイド服のはみ乳! 一度は見てみたかった……

 無念!


 その横で、何かの気配を感じたのか、ビン子がハリセンをもってプルプルと怒りに震えていた。


 メイド服の女は、頭を下げる。

「私はリン。この城の主、ミーキアンさまの奴隷です」


 奴隷なの?

 やっぱりこのメイド、奴隷なのか?


 ならなぜ、この女は、他の奴隷の人間たちと違って胸の刻印を見せつけることをしないのだろう。

 それは当然の事である。

 この奴隷の主はこの城に住む魔人騎士である。

 魔人騎士は、聖人国の騎士と同じ。

 すなわち、王に次いで身分の高いものである。

 その魔人騎士が所有する奴隷の顔など、皆、当然のように知っているのだ。

 その顔を知らないのは、よほどのおのぼりさんか、ギャンブル狂いのアホどもぐらいのものだろう。


 頭を上げたリンは、にっこりと微笑む。

「エメラルダ様でございますね。こちらにどうぞ」

 そして、身を半身にすると、城の中へと通じる開け放たれた城門へと誘った。


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