第388話 鈴を持つ女(5)

 だが、ビン子はハリセンをふるどころか、ぶるぶると震えていた。

 なぜなら、その胸をはだける女たちの表情が暗い。

 いや、暗いというより、生気がないのである。

 中には、まるで重度の貧血であるかのようにふらふらと歩いている者もいる。

 そのためか、通りを行き交う一人の奴隷女の足がもつれてその場に転んでしまった。

 その奴隷女の主とおぼしき魔人が転んだ女の腕を引っ張り引きずり起こす。

「何してる! さっさと歩け!」

 怒鳴る魔人の手が、女の顎を掴みあげていく。

 うつろな瞳の女は悲鳴すら上げない。

 ただただ、なされるままに身を任せていた。


 女の顎がミシミシと嫌な音を立てている。

「ちっ! 人魔症がそろそろ限界か。他の奴にくわれる前に食ってしまうか」


 その様子を見るビン子は、どうしていいのか分からない。

 ただただ、おびえるだけであった。

 自分では何とかできなくても、この鈴を持つ女の人なら何とかしてくれるかもしれない。

 だって、魔の融合国のことを、よく知っているみたいだから。


「助けてあげないの……」

 鈴を持つ女は、気にせずにその魔人と女の横を通り過ぎていく。

 さも、何事もなかったかのように平然と。

「いつものことだ。気にするな」

 ロープで引っ張られるビン子は振り返り、離れ行く魔人と女を気にし続けた。

「でも、食べられちゃうよ……」

「ああ、おそらく食べられるな……まぁ、あの様子だと食われなくても人魔症が発症して潰されるだけのことだがな」

 すでに、おっぱいに見とれていたタカトの表情も、その言葉を聞いて真顔に変わっていた。

 ここで胸を見せるのは、男達を誘惑するためではない。

 ただただ、生き残るためなのだ。

 胸についた奴隷の刻印を、魔人たちに見せつけ食われないようにする。

 だから、当然、道行く人間の男たちも上半身裸であった。


 そんな時であった。

 ビン子たちが、露天につるされる人間の体を見つけたのは。


 ビン子は、体の奥底から沸き起こる震えを押さえこむかのように、自分の体をきつく抱きしめた。

 それでも、ビン子の震えが止まらない。

 その震えが、自分たちが魔人世界に来たことをいやでもビン子自身に痛感させる。

 今更ながら、食われるかもしれないという死の恐怖が背筋を凍らせていく。

 先ほどのゴリラの魔人との戦闘、この女に止められていなかったら、自分たちが、あそこにつるされていたのかもしれない。

 いや、ゴリラの魔人たちは言っていた。

 エメラルダの事を天然ものだと。

 そして、鈴を持つ女は言う。

 あそこにつるされている人間は養殖された人間だと。

 と言うことは、あの時、この女が助けてくれなければ、天然ものと言う希少価値のある自分たちは、その場で食い散らかされたいたのかもしれない。

 ただの人間が、魔人世界にくるということが、こんなにも絶望的なものなのかと、今更ながらビン子は後悔した。

 って、ビン子ちゃん、あんた、神様だからね!


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