第387話 鈴を持つ女(4)

 タカトは一瞬言葉に詰まった。

 確かに人間は牛や豚を食う。

 だが、俺の家は貧乏だ。

 牛や豚などの肉は高級品。

 そうおいそれと、俺の家の食卓に上ることはないのだ。

 だから、俺は、牛や豚の肉をほとんど食っていない。

 と言うことは、俺は、文句を言う資格があるような気がする。

 だが待てよ……お金がなくて買ってくることはできなくても、森で狩った獲物は時折、食卓に上るではないか。

 確かに、それが、イノシシであるか、魔の生気を抜いた魔物であるかを気にしたことはなかった。

 食えれば、全て一緒である。

 だがしかし、あの皿に置かれているのは人間なのだ。自分と同じ人間なのだ。


「いや、牛と豚とは違うだろ! あれは人間だぞ!」


 女は振り返らない。

 それどころか、面倒くさそうに答えた。


「お前……ここをどこだと思っているんだ? 魔の融合国だぞ……魔人たちにとっては、人間など豚と同じだ」

「それでもおかしいだろ! 殺された奴だって、それぞれの人生があったんだぞ!」


 いら立つ女。


「いい加減にしろ! 牛や豚だって同じことだろうが! お前はそいつらの事を気にしたことがあるのか!」

「くっ! それとこれとは……」

「堂々巡りだな……まぁ、安心しろ、あそこにつるされている人間は、食われるために魔の養殖の国で魔物と交配された養殖用の人間どもだ。生まれ落ちた時から幸せな人生なんてないんだよ。さっさと食われた方が、幸せと言うもの……知らないくせに、ガタガタいうな!」


 養殖用の人間とは、魔物と生物のあいだに生まれ半魔である。

 魔の養殖の国から輸出される養殖用の人間は、成長の早い魔物と人間の女を交配して生まれたものである。

 このため1年で10歳程度成長し、2年もたたないうちに出荷が可能となるすぐれものである。

 また、知識の吸収が早く、脳の成長が著しいことも特徴であった。

 人間の脳を食することにより生気と知恵を得る魔人にとっては、安く手に入るいい食材なのだ。

 そのため、この魔の融合国以外の多くの魔人国で流通していた。


 まだ、なにかいいたそうなタカトをエメラルダの手が制止した。

 涙目のタカトは、恨めしそうにエメラルダをにらんだ。

 エメラルダは、静かに首を振る。

 エメラルダにも、それが異質なことは分かっている。

 だが、ココは魔の融合国、魔人世界なのだ。

 その世界には、その世界のルールがある。

 ただ、それだけの事なのだ。

 というか、タカト君……確か……キミも確かレッドバナナを赤いバナナと間違えて食べたことがあったよね……もしかしたら、気づいていないかもしれないけれど。


 道の真ん中で言い合うタカトたちを魔人たちが遠巻きに眺めささやいている。

 よほどタカトたちが珍しいのであろう。

 しかし、先ほど戦ったゴリラの魔人と違って襲ってこないのだ。


 それもそのはずである。

 街に入ると鈴を持つ女は、服のフックを外し、左胸をあらわにした。

 乳を揺らし、街の往来を闊歩する。

 そして、タカトたちをロープで縛り、それを引く。


 当初、それを見たタカトは、魔の融合国最高! と狂喜した。

 行き交う人間の女たちが胸をあらわにして歩き回っているのである。

 ココはヌーディストビーチですか!

 揺れるおっぱいをガン見するタカト君。

 俺も、今日からココに住もうかな。などと、くだらない冗談を言っていたぐらいである。


 だが、おかしい。

 来るものがこない……

 えっ? 何がって?

 大体、こういうシチュエーションの時にやってくるものがあるでしょ。

 そう、ビン子のハリセンですよ。ハリセン!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る