第386話 鈴を持つ女(3)

 そのつるされた人体は血抜きのためか、腹は裂かれ、内臓が抜き取られていた。

 魔物たちが好む頭と心臓はすでになく、残った体のみが食材として売られているのだ。


 強い魔人たちは脳と心臓を食すことができるが、弱い魔人たちは食べられない。

 そこで、残った人間の体の肉を食べるのである。

 それでも、虫や、魔物と言ったものに比べると格段においしいのだろう。

 なぜなら、その人間の肉を売っている露天は人がにぎわい、店の前に置かれたテーブルは、常に満席であった。

 やはり、男の肉より女の肉の方が好まれるようである。

 料理人らしき魔人が、つるされた女の体を降ろすと台に置く。

 そして、慣れた手つきで肩の肉へと包丁を入れる。

 おそらく、もう、何千回、何万回とくりかえしているのだろう。

 料理人が、肩の関節部の肉をぐるりと切り裂くと、最後に包丁をドンと打ち付けた。

 その音共に、腕が女の体から離れ落ちた。

 今度は逆の手、次は足と、どんどん女の体は分離されていく。

 おそらく、牛や豚も似たようなモノなのだろう。

 だが、これが人間だと認識した瞬間に、嫌悪感を抱いてしまう。

 これが生存本能と言うやつか。


 そんな時である。

 一人の女……いや、一人のドレスを着たオッサンがフラフラと屋台に近づいてくるではないか。

「ハゲ子……ハゲ子……」

 ドレスを着たオッサンはオカマのイッポンハゲ太であった。

 ハゲ太は自分の手に持つ何か一つの塊を屋台に吊り下げられている女たちの首に引っ付けてはブツブツ呟いていた。

「違う……これも違う……」

 その様子を見た料理人らしき魔人は怒鳴り声をあげた。

「こら! 人間! 俺の食材に汚い手で触るな! 食中毒でも起こしたら大変なことになるだろうが!」

 そして、ハゲ太のドレスを掴みあげた。


 ハゲ太の手から持っていた塊がストンと転がり落ちた。

 それは人間の頭。そう、一人娘のハゲ子の頭だったのだ。

 だが、その頭頂部はきれいに切り取られ中にあるはずの脳みそが無い。

 ハゲ太は慌ててその頭に手を伸ばすも届かない。

「ハゲ子! ハゲ子!」

 魔人の手の中で暴れ出すうちにハゲ太のドレスがビリリと破れていく。


「お……お前……魔人騎士ヨメル様の奴隷かよ……」

 料理人の手が震えた。

 そう、ハゲ太の胸には第一の門の魔人騎士ヨメルの刻印があったのである。

 そんな奴隷においそれと手を出せばヨメルに殺されかねない。

 料理人はすぐさま手を放した。


「お前、何がしたいんだよ!」

 邪険に扱うわけにもいかず理由を聞きだしはじめた。

 ハゲ太は急いでハゲ子の頭を拾いあげると、泣くようにつぶやくのだ。

「ハゲ子の体を見つけたら……ヨメル様が元に戻してくれるって言うんだ……だから……だから……ハゲ子の体を探さないといけないんだよ……」

 その必死な様子を見る料理人は思った。

 おそらくハゲ子とはヨメルのもとに届いた献上品の人間なのだろう。

 そして、生気の宿る脳と心臓を取り出した後、残った体はどこぞに捨てたといったところか。


 だが、このドレスの男は見るからにまずそう。

 さすがのヨメルも、この男までは食べたいと思わなかったのかもしれない。

 だが、ただ単に殺すだけでは面白くない。

 そこで、ヨメルは遊びを思いついたのである。

 ハゲ子の体を見つけてくれば、ハゲ子の頭とつなげて生き返らせてやると。

 市中に散らばる食用の人間の体。

 そんな体の中からハゲ子の体を探し出せと言ったのである。

 だが、ハゲ太にとってハゲ子が生き返るのであればヨメルにすがるしかないのだ。

 空になったハゲ子の頭を持って街をさまようのである。

 そして、一つ一つパズルのようにハゲ子の頭をつなぎハゲ子の体を探すのだ……


「気がすんだか……」

 料理人は、吊り下げられた女たちの前でうなだれるハゲ太に声をかけた。

「俺は料理の続きをしないといけない……」

 黙って立ち上がるハゲ太。

「通りの向こうにも、天然の人間の肉を扱っている店がある……のぞいてみろ」

 その言葉にうなずくハゲ太は、足を引きずりながら店を出た。


 それを見送った料理人は料理に戻る。

 鉄板に載せた女の胴体に緑の草を詰め終わると石釜の中へと滑らせた。

 時折、石釜から鉄板を取り出すと鍋でコトコトと煮詰めておいた液体を女の体にまんべんなくかけていく。

 石釜を開けるたびに女の体が、あめ色に色づきこんがりとおいしそうな匂いを漂わせはじめた。

 

 店の前のテーブル席に4人の魔人が座っていた。

 大きさから言って、家族か?

 いや、魔人の生殖能力は0に近い。

 と言うことは、赤の他人なのだろう。

 だが、小さい魔人は、大きい魔人に声をかける。

 「父ちゃん、まだかなぁ?」

 「もう少しだから、もうちょっと待てよ」

 「そうよ。今日はお父さんの給料日だから、ちょっとお母さん、奮発したんだからね」

 女の魔人が嬉しそうに微笑んでいる。

 そのテーブルに、大きな皿が無造作に置かれた。

 その皿の上には、こんがり焼かれ飴色をした人間の胴体がのっていた。

 空いた腹に詰められた草から香り立つ湯気が、いやでも食欲を駆り立てる。

「おいしそう!」

 興奮した小さい魔人は、皿の上にのりだして料理を覗き込んだ。

 よほどその匂いが気に入ったのか、口からとめどもなくよだれがあふれ出し、皿の上で揺れるふくよかであったであろう脂肪の胸へと垂れ落ちた。


 タカトは、その様子をにらみつける。

 飛びかかりたい気持ちをグッと抑える。

 今飛びかかっても、相手は魔人である。

 かないっこないのは分かっている。

 そんなこと言われなくても、経験済みだ。

 だが、分かっているが、自分の気持ちが荒ぶる。 

 ――赤の他人同士の魔人たちが、家族ごっこか!

 吐き気がする!

 ――それで、ごちそうと言って、人間を食べるのか!

 虫唾が走る!


 タカトの怒りの矛先は、鈴を持つ女に向けられた。

 食べられる人間にたいして、何の感情も示さない女に対して苛立ちが爆発しあのである。


「お前! よく平気で歩けるな!」


 女は平然と返す。


「お前だって、牛や豚の肉を食うだろ。それと一緒の事だ」


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