第385話 鈴を持つ女(2)4/19追記

 3匹の魔人と3匹のゴリラは、ディシウスの名に戦意を失った。

 もう、あとはすごすごと撤退しするほか手がない。

 帰っていく三人の魔人と三匹のゴリラ。

 だが、その後ろ姿に、きらりと光り輝くものがあった。

 一番下っ端の三男魔人の手には黄金の弓が握られていたのだ。

 そう、エメラルダの黄金弓が魔人の手によって奪われてしまったのである。


 だが、今のエメラルダ達に、それを構う余裕はなかった。

 いまだ地面に転がるエメラルダは、喉を押さえ、肩で息をしている。

 それでも、動かぬタカトのことが心配なのか、必死で肘をつき体を引きずると、タカトをしっかりと抱きしめた。

「タ……タカト君……大丈夫……?」


 その言葉に鈴を持つ女が反応した。

 ――タカト?

 遠い昔、そのような名前の弟がいたような気がする。

 もう昔の事である。

 そんなことはすでに覚えていない。

 いや、思い出したくもない。

 ――まさかな……あいつは、死んだはず……崖から落ちて死んだはず……

 そもそも、こんなに自分が苦しむ羽目になったのは、あの弟のせいなのだ……

 あの弟が生まれてこなければ、父も死ななかった。

 母も犠牲になることもなかったのだ……

 ――あいつが憎い……

 鈴を持つ女は唇を強く噛みしめた。


 ビン子も泣きながらエメラルダに抱かれたタカトへと駆け寄るといきなり二人に抱き着いた。

「タカト、無事でよかった……よっ?」

 そういまだはっきりと意識のないはずのタカトであったが、なぜかその手がエメラルダとビン子の胸にあてられていやらしく動いていたのだ。

 ビシっ!

 当然、落ちるビン子のハリセン!

 タカトの口から邪悪なものが抜けていくような気がした。

 そんな三人を見ながらハヤテもまたビン子の側に近づくと、力なく腰を下ろしうずくまってしまった。おそらくかなり体を痛めてしまっていたのだろう。

 そんな三人と一匹には戦いの後の束の間の安らぎであった。


 鈴を持つ女は手に持つ小剣を鞘に納めた。

「お前たち、案内人も無しに魔の融合国に入ったのか?」

 そうである。

 魔人世界では普通の人間はエサである。

 だが、案内人がいれば、食われることもなく、魔の融合国を往来することができるのだ。おそらく、エメラルダの密書を運ぶ者もそうだったのであろう。

 女は、肩を抱き合って泣きあう3人を見下しながらあきれていた。

「どこまで行くんだ? 魔の融合国に来たということは行くあてがあるんだろ? 連れて行ってやるよ」

 はっとエメラルダは顔を上げた。

「魔人騎士ミーキアンのところまで行きたいの、頼めるかしら」

 女は少し考える。

 その少し後、何か含みのある笑みを浮かべた。

「まぁ、いいだろう。私も、そっちの方向に用があるしな」


 ココは、魔の融合国内にある町の中央を走る路地である。

 その道の左右には、小さな露店が所狭しと並んでいる。

 ほとんどの露天は、地面に立てた二つの木の棒でぴんと張った粗末な布を屋根代わりにしていた。

 まるで、祭りの縁日のようであるが、どことなく色がない。

 赤や白などの鮮やかな色ではなく、古びた黄土色のテント。

 そして、台そのものは木目むき出しの今にも崩れそうな木の台であった。

 テントを支える柱に取り付けられたオレンジ色の光が、露天の中を照らし出す。

 オレンジ色の光の中には、何か虫のようなモノがうごめいている。

 その動きに合わせ、露天の中に座る人影があやしく揺れ動く。


 露店から漂ってくる香ばしい匂いがタカトの鼻をかすめた。

 おえっ

 道を歩くタカトはえずいた。

 その後ろをついていくビン子は、手で目を覆う。


 それは仕方ない。

 なぜなら、その露天に並んでいる商品は、どれも気持ち悪いモノばかり。

 そう、この露店では、魔人や魔物たちの食べ物を売っていた。

 露天の前で、魔人たちは思い思いに、その串に刺した肉や、売られている虫に食らいつく。

 魔人も生き物である。

 食わないと死んでしまう。

 生きるためには食わないといけないのだ。

 だが、そこで食っているものは、明らかに異質。

 その中でも、タカトたちにひときわ大きな吐き気を催わせたものがあった。

 それは、見覚えがある肉塊。そう、ヒトの体や手、足と言った、人間の肉体であった。

 露天の天井から、逆さにされた人間がつるされている。

 それも一体ではない、何体もだ。いや、そんな店がいたるところにあるのである。


 タカトの横で、エメラルダもまた、膝をつき、口を押えていた。

 しかし、それでは抑えが効かなかったのか、ついに四つん這いになり、そのままはいてしまう。

 エメラルダの口から白い唾液が糸を引いていた。

 はぁ、はぁ、はぁ

 露店から漂ってくる、こおばしいにおいが鼻についた途端、エメラルダもまた、吐き気を催してしまった。

 エメラルダが、口についた胃液を手で拭う。

 まだ、吐き気がするのか、手で口を押えたままだ。

 エメラルダの目には、不安の色が浮かんでいた……


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