第294話
「アルテラァァァァァァァ!」
ひときわ大きな怒鳴り声をあげた女が、3000号に向かって突進する。
次の瞬間、アルテラを逆さづりにしていた触手が、紫の血しぶきを上げ、うね狂っていた。
その下には、アルテラを抱きかかえたネルの姿。そして、そのわきには、地面に転がる一振りの長剣が、紫色の血をまとい今だカラカラと乾いた金属音を立てていた。
「アルテラ! アルテラ! アルテラ!」
ネルは必死の形相で、アルテラの頬を平手で何度もたたく。
しかし、アルテラの意識は戻らない、それどころか、力なく腕がだらりと垂れ落ちた。
咄嗟に、ネルは、アルテラの胸に耳を押し当てる。
トクン……トクン……トクン……
アルテラの鼓動。
――まだ、生きている。
ホッとしたネルは、体から力が抜けるのを感じた。
アルテラの体は激しく打たれたようであるが、幸い骨は折れていないようである。
――気を失っているだけか……
ネルは、アルテラを、部屋の片隅にゆっくりと、そして優しく寝かすと、アルテラの頭を優しく、愛おしそうに何度かなでた。
撫でていた手が止まったかと思うと、ネルは意を決したかのように立ち上がり、転がる長剣のもとに歩み寄る。
そして、無言のうちに剣を拾いあげた。
真音子とダンスを踊っているようなソフィアは、ネルを見てほほ笑んだ。
「これは、これは、年増のネル様ではございませんか? 一体このようなところに、何の御用ですか?」
「貴様! アルテラ様に何をしたぁ!」
ソフィアをにらむネルの表情が、今まで見せたことが無いほど醜く歪み、鬼婆のような形相になっていた。
「おぉ怖い怖い! ちょっと、騎士のお稽古をつけてあげただけですわ」
ソフィアは、真音子の連続の突きを後退しながら軽く受け流す。
「貴様! よくもアルテラ様に傷を!」
ネルは、懐から魔血タンクを取り出すと、すぐさま魔血ユニットへと突っ込んだ。
「開血解放!」
ネルの腰にある魔血ユニットが甲高い起動を音を立てる。
それと共にネルの体を黒い魔装装甲が覆っていった。
その姿は耳が長くとがったネコ科のカルカラを想起させる。
「この売女がぁぁぁぁぁ!」
暗い部屋に、一筋の白光がソフィアめがけて一直線に飛んだ。
ネルの長剣の白刃がソフィアを捕らえていた。
しかし、間一髪、ソフィアは二振りの剣で、その一撃を受け止めていた。
だが、先ほどまで真音子と余裕をかましほほ笑んでいたソフィアの表情から、笑みが消えた。
そう、ソフィアもまた、ネルの一撃を受け止めるだけで精いっぱいだったのである。
「この年増ガぁァァぁ!」
ソフィアもまた、魔血タンクを取り出すと、荒々しく腰の魔血ユニットへと突っ込んだ。
高い起動音と共に、今度は赤の魔装騎兵が現れる。
「ネル! あんたとは、一度きっちりとカタをつけたかったんだよ!」
ソフィアは一つの剣先をネルへと向け、大声でどなった。
「それは、こっちのセリフよ! ソフィア! この性悪娼婦が!」
有無を言わさぬネルの長剣が、ソフィアとの間の空間に白き半円を描ききる。
ソフィアの体が回転と共に、ネルの懐へと流れ込むと、二条の剣筋がネルのわき腹を叩き切る。
ネルの魔装装甲が火花をあげて、はじけ飛んだ。
「ネル! あんたは女を売るには年なんだよ! そこまでして、あの下劣な男の股間が恋しいのかい? この淫乱女!」
ネルが長剣を杖のようにたて、立ち上がる。
「あんたには分からないわよ! いや、分かってほしいとっも思わない!」
ネルはアルテラを寝かした空間をちらりと伺う。
「たとえこの身を卑しき性奴にやつそうと……たとえ、不浄の女に見られようとも、私には、決して失いたくないものがあるんだよ!」
「フン、プライドとでもいうのかい? ネル!」
「そんなやすいモノと一緒にするな! それは、私の希望、それは、私の未来! それが私の生きる意味! どんなに世界が拒絶しようとも、私が、全てをかけて守ってみせる!」
「それは、結構なご覚悟で!」
くるりと回るソフィアの体の回転が剣に伝わり、弧を描く。
白き光の斬撃が、立ち上がったばかりのネルを襲った。
だが、ネルもまた、長剣をたてにその一撃を受け止める。
そして、ソフィアの間合いに踏み出すネル。
剣と剣が激しくぶつかる。
薄暗い部屋の中に飛び散る火花が、二人の女魔装騎兵の姿を照らし出す。
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