第519話 拷問

「貴様! そこで何をしている!」

 ガンエンをはじめ、数人の万命寺の僧がネコミミのオッサンを取り囲んだ。


 この時のオッサンは、魔の国から逃げ帰ってきたところ。

 もはや、仲間は誰もいない。


 だが、それでもレモノワの暗殺部隊の一員だ。

 こぶしを構えて万命寺の僧たちを威嚇した。


 しかし、相手は万命拳を極めた僧たち。

 不意打ちでなければ、そうそう簡単にくたばってくれそうでもない。

 しかも、圧倒的な人数差。


「ぶへぇ!」

 いつしか、ネコミミオッサンの顔は地面に押し付けら泥にまみれていた。


 ここは、大空洞からのびる側洞に即席で作った粗末な牢獄。

 そんな牢の中に縄でぐるぐる巻きにされたネコミミのオッサンが転がっていた。


 オッサンの顔の前に一対の足が伸びた。

 その足の上では仁王立ちしたガンエンが憤怒の表情を浮かべている。

 その姿は、かつて万命寺の門を守護していた鬼神そのものと言っても過言ではない。


「エメラルダ様はどこだ! しゃべらんともっとひどい目にあうぞ!」


 ゆっくりと芋虫のように転がる頭を上げるネコミミのオッサン。

 だが、すでに視点が定まらない様子でフ~ラフラ。


「お前! 坊主だろうが! こんなことしてもいいとでも思っているのか!」


 しゃがみこんだガンエンは、そんなオッサンの顎をグイっと掴みあげて顔を近づけた。

「今はただの無職のジジイじゃ!」


 鼻で笑うガンエンは、そのままにネコミミのオッサンを突き放す。

 突き放されたオッサンの体が壁にぶつかると、再びその場にごろりと転がった。


「クソがっ!」

 上目づかいでガンエンを睨み付けるおっさんは、悪態をつくのが精一杯。


 だが次の瞬間、オッサンの体はギクリと硬直した。


 なぜなら、見上げる先には気色の悪い笑みを浮かべるガンエンの目があったのだ。

 ――コイツ……何をかんがえていやがる……

 恐怖と言うより寒気が襲う……


「おぬし……レモノワの暗殺部隊だそうだな……」

「だから、どうした……」


「そんなお主が、簡単に口を割るとは思ってはおらん……」

「フン! 拷問など何度も経験しておるわ!」


「じゃろうな……」

「無駄なことはやめておけ! 体力の無駄だぞ! ジジイ!」


 ガンエンは、懐にゴソゴソと手を突っ込んだ。

「じゃが……これでもまだ、そんな態度を取れるかな?」


 !?

 ふにゃ?


 ネコミミオッサンの視線がピタリとガンエンの手元で止まった。

 それどころか左右に振るガンエンの腕の動きに従って、オッサンの猫目もまた左右に行き来しはじめた。


 ――くっ! それは……

 いつしかオッサンの口からはヨダレがボテボテと垂れ落ちていた。


 ガンエンの手に握られた一本の枝。

 オッサンの目の前で、その枝をゆっくりと左右に振っているのだ。

 それはまるで女を焦らすかのようにゆっくりと……ゆっくりと……


「ほれ! マタタビだぞ! 欲しいか?」


 オッサンが、コクりコクりと何度もうなずいた。


「なら、エメラルダ様の居場所を言え!」


 おっさんは恐怖する。

 ――何なんだ! この拷問!


 刺客の中の刺客であるはずのネコミミのオッサン。

 こう見えても、今までに何度もひどい拷問には耐え抜いてきた。

 口を割るぐらいなら死を選ぶ。

 それぐらい強い信念の持ち主であったのだ。

 そのため、オッサン自身、万命寺のぬるい拷問などクソみたいなものだと甘く見ていた。


 だが……


 だが……これは……


 初めての経験……


 こんな拷問は受けたことが無い……


 先ほどから本能がうずくのだ……


 あの枝が欲しいと!


 体の中が熱く焦れるのだ……


 何か薬でも打たれたのだろうか?

 いや、そんな痛みはない。

 まぁ、たとえ自白剤であったとしても、それに耐える自信はあった……


 だが……


 だが……これは……


 これは……無理……


 にゃぁ~ん!


「……エメラルダは……魔の国に入った……」

 ついに口を割る猫耳のおっさん。


「生きておるのか?」

「分からん……魔物に襲われていたからな……」


「その場所はどこだ!」

「魔の国に出たすぐのところ……もう、いいだろ!」


「よくぞ話してくれた!」

「なら、それをくれ! 早くくれ! 約束だろ!」

「うむ!」


 ごろにゃぁ~♪


 ガンエンは万命寺の僧を連れて、おっさんに教えられた魔の国側の小門の入り口を伺っていた。


 そこには、おびただしいほど大量のカエルの死体が転がっている。

 しかし、その死体は既に、他の魔物に食い散らかされたのか骨だけになっていた。


 どうやら、ココでエメラルダ達が魔物と戦ったことは事実のようである。


 ガンエンの視線が、地面の上に転がる一つの塊にピタリと止まった。

 ――まさか!


 どうやら、それは人間の頭の様である。

 しかも、それは一つだけではなかった。

 その周りには、頭の骨だけでなく、体の骨らしきものも散らばっているではないか。

 

 その骨に近づき膝を折るガンエン。

 ――まさか……エメラルダ様のものではあるまいな……


 震える手でその骨を恐る恐るつかみ取る。

 それは男の骨。

 ――タカトや……


 だが、ガンエンはすぐさま安堵した。

 なぜなら、その骨は、成人男性の骨であったのだ。


 医者であるガンエンにはすぐに分かった。

 ということは、少年であるタカトのものではない。

 まして、女であるエメラルダやビン子のものでもない。

 おおかた、暗殺者の仲間たちのモノだろう。

 という事は、エメラルダやタカトたちは、ココでは食い殺されていないという事に。


「ガンエンさま!」

 一人の僧が大岩の隙間を指さしていた。

 その先には何かが風にたなびいているのが見えた。


 それは、まぎれもないエメラルダが身に着けていた服の破れ切れ端。

 それが、破れてそこに挟まっていたのだ。

 この切れ端……エメラルダの身に何か起こったことつぶさに暗示していた。


 ――エメラルダ様……

 ガンエンは切れ端を握りしめながら焦った。


 今すぐにでも、エメラルダを捜索しに走りたい。

 だが、ココは魔の国。

 いかにガンエンたちが万命拳を極めていようとも、これより先に深く入り込むことは死を意味する。

 ここで、万命寺の僧たちを無駄死にさせるわけにはいかない。


「……とりあえず、今は撤退じゃ……」

 苦虫を潰すガンエンの口は、やっとのことで声を絞り出した。


「無事に逃げてくれていてくれればいいのじゃが……」

 ガンエンたちは、小門の中へと戻っていったのである。


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