第223話 修羅と修羅(2)

「そうよ。私はゼレスデイーノ様の大切な恋人。運命を誓い合った仲なの」

「僕……セレスティーノ様の神民なんですが……そんな話聞いたことがなくて」

「えっ! あなたゼレスデイーノ様の神民なの!」

「はい……」

「なら私にとっては我が子も同然!何でもこのカレエーナお姉さまに相談しなさい!あなたの力になってあげるわ!」

「いや……いい……」

 いいですと言いかけたコウスケは言葉を止めた。

 ココがどこだかわからない。

 人魔収容所の中と言うことは分かるが、それ以外は全く分からない。

 ならば、このピンクのオッサンにいろいろと教えてもらった方がいいんじゃないだろうか。それに、一人よりも二人の方が何かと都合もよかろうし。

「それじゃ……ここは何なんです?」

「えっ! 貯蔵室よ。聞いてなかった?」

「いや、それは知ってますが、貯蔵室って何なんですか。まるで何かを保存しておくような意味合いじゃないですか?」

「そうね……このフロアーは、人魔症には感染していない人が収容されているみたいね」

「なんで収容しているんですか?人魔症にかかっていないのなら、解放したらいいじゃないですか」

「そうね……でも、毎日何人かはいなくなっているから解放されているんじゃないの?」

 そんなバカな……人魔収容所から出てきたって人間は、今のところ聞いたことがないぞ。出てきているのなら噂になっているはずだ。

「そしたら、僕もそのうち出られるんですね……」

 ワザとらしくコウスケは少しうれしそうに聞いてみた。

「そうね、あなた可愛いからすぐに出られるんじゃない。子供や女から出されているみたいだしね」

「そうですか。それなら少し安心しました」

「外に出ているかどうかは知らないわよ。あくまでもこの貯蔵室を出たと言うだけだから」

 やっぱりそうか……・

「ところで、あなたのお名前は?」

「僕の名前はコウスケ=ボーケティエール。セレスティーノ様の神民で、神民学校の中等部の学生です」

「そう、コウズケ君ね。私のことはカレエーナお母さまと呼んで」

「いや……ちょっと、それは……」

「そんな! いきなり、呼び捨て! カレエーナって呼び捨てにするの! 呼び捨てにしていいのはゼレスデイーノ様だけって決めてたのに……いいわ……あなたならいいわ……許してあげる」

「許してもらわなくて結構です……」

「ならどうしたいのよ! プンプン!」

「カレエーナさんでいかがでしょう……」

「イヤ!」

「ならどうしろと!」

「うーん、なら、カレエーナお姉さまで許して、あ・げ・る!」

「カレエーナおばさんなら!」

「ゴラっ! ガキ、殺すぞ!」

 アマコの目がギラリと光る。

「わ! 分かりました! カレエーナお姉さまと呼ばせていただきます!」

「うん! コウズケ君!」

「カレエーナお姉さまぁぁぁぁ!」

 地獄だ……・早く出しくれぇ!


 所変わって神民病院。

 あわただしい廊下は、ドクターとナースの声が飛び交っていた。

 まさにそこは、もう一つの戦場。

 ひっきりなしに運ばれてくる人魔症患者たちが泣きわめく。

 人魔症を発症しそうな重度の患者から、人魔症治療である血液クリーニングへと搬送される。


 時は昼過ぎ。

 窓から太陽の光が病院内の廊下に鮮やかな窓の影を描き出す。

 もう深夜からこの騒然とした状態が続いている。

 今だに、患者たちのうめきごえや、鳴き声が続いていたのである。


 アルテラは、先の魔装装甲のテストで体を酷使したため、その検査も兼ねて神民病院に来ていた。さすがに宰相アルダインの娘である。このような緊急事態で人が足りない状態の病院内であっても、いの一番に診察してもらえた。検査結果は異状なし。ドクターも早く帰れっと、そっと検査室を追い出したのだった。

 まぁ、アルテラも、自分の体のことなど二の次であった。

 実際には、タカトに会える口実ができたのがうれしかったのである。

 診察が終わったアルテラは、すぐさまタカトの病室を訪れた。

 ガラガラと病室のドアを開けた。


「ヒッ!」

 その瞬間アルテラは固まった。


 そこは、変わり果てた病室。

 二つの大きな窓は全て粉々に割れている。

 壁は、天井に至るまで真っ赤に染まる。

 部屋の中心には、血に染まったベッドが曲がりくねって傾いて、なんだか変な音を立て揺れている。

 声を失うアルテラ。

 一体何があったというのであろうか。

 病院内の他の場所とは明らかに違う。

 ココだけ別世界!

 この部屋だけ、何かが争ったように元の病室の原型をとどめていない。

 アルテラは両手で口を覆った。

「タ・タ・タカト……」

 目には涙が潤み、小刻みに震える。

 カタカタと震えるアルテラは、正気を失いかけていた。


 そんな荒れ果てた病室の一つとなりでは、これまた、異様な世界が広がっていた。

 真っ赤な地獄のような病室とは異なった地獄絵図。

 修羅と修羅が争わんと欲する修羅の世界。

 まさに、気をそらせば、たちまち、殺られる。

 そんな殺気がその病室内に漂っていたのだ。


 途端に4つの腕が天へと伸びていく。

 繰り出される拳が、互いの腕をけん制する。

 まさに、組手!

 常に一手先を読みあうかのように、互いの腕が絡み合う。


 ドン!

 拳が机を大きく叩いた。

 その瞬間、天井へと白い塊が飛び上がる。

 その塊を追うかのように、4つの腕が伸びていた。


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