第489話 遊び人のハトさん(1)
スタジアムの観客席から身を乗り出しながらシウボマが怒鳴っていた。
「コラァァぁぁ! ハトネン! うちのグレストールちゃんに何かましてくれてんねん!」
イライラした様子のハトネンが、スタジアムを睨み返した。
「ああ! なんだと! コラぁ! バトルは終了したんだ! 俺のルールに従えん奴は、この遊び人のハトさんが黙っちゃいないぜ!」
「やかましい! なにが遊び人のハトさんだ! お前は鳩か! ネズミだろうが! このドブネズミふぜいが!」
「ドブネズミと言うな! やるのか! このウ〇コババアが!」
「お前! ウ〇コって言うたな! 覚悟しいや!」
「来れるもんなら来てみいや! このウ〇コ! ウ〇コ! ウ〇コぉ~!」
そのやり取りに慌てた周りの魔人たちが、一斉に二人の魔人騎士たちをとり囲み、必死になだめすかしはじめた。
こんなところで魔人騎士である二人が暴れだしたら、先ほどダンディが逃げ回っていた時以上の被害がスタジアムに出てしまうではないか。
二人が暴れだしたことによって、もし仮に、バトルを見に来ている他の騎士たちの神民魔人をも巻き添えにしたとすれば大変なことになる。
最悪、魔の融合国内は魔人騎士同士の内戦状態に陥るかもしれないのだ。
だが、二人をなだめすかす魔人たちに、そんな理屈を理解する脳みそなんか持ち合わせていなかった。
ただただ、この二人の騎士魔人がマジでケンカするのが恐ろしくて恐ろしくてたまらなかったのである。
すなわち、わが身可愛さで、必死になだめているだけなのだ。
スタジアム内で力なく横たわるグレストールが大きな担架に乗せられて医務室へと運ばれていく。
どうやら命に別状はないようである。
ハトネンもまた、それとなく手加減をしたのだろう。
シウボマはグレストールが大丈夫であることを知ると、とりあえず小競り合いから引き下がった。
だが、シウボマの腹の虫は収まらない。
そう、今回の敗北で、グレストールの連勝の記録が途絶えてしまったのである。
それもこれも、途中で訳の分からない横やりが入ったせいなのだ。
今思い出せば、どこの馬の骨とも分からない人間がいきなり観客席から飛び込んできやがった。
それを巨大ネズミのハトネンが追いかけまくって魔物バトルは混乱を極める。
あまつさえ、ハトネンは、関係のないグレストールまでをも蹴り飛ばしていったではないか。
その瞬間、グレストールの勝利のチャンスが消え去ったのだ。
――それもこれもあの飛びこんだ人間が悪いんや!
あの人間のせいでグレストールは敗れ、シウボマは喉から手が出るほど欲していた『羽風の首飾り』を手に入れそこなったのである。
――ああ! 忌々しい!
椅子に身を投げ出したシウボマはあたりかまわず怒鳴り散らし始めた。
「いいかい! あの飛び込んだ人間を草の根を分けてでも探し出してきな! そして、わたしのもとにつれてくるんだ! 私が直々に食らってやるわ!」
その横で、シウボマに付き従うムスピルがため息をついた。
――また……このババァ、無茶苦茶なことを言い出しよった……
そんなムスピルの頭から、ひらりと一本髪の毛が落ちる。
中間管理職のストレスは半端ない。
無情にも今日もまた、ムスピルのおでこから頭頂部にかけたハゲが、元気に領土を拡大しているようであった。
ハトネンの体が、大きなネズミから元の小さき体へと戻っていった。
しかしまぁ、あまり見た目は変わらないのは気のせいだろうか。
だって、ただ大きいネズミから小さいネズミに変わっただけだもん。
「ちっ! 今回の優勝は半魔か! つまらん!」
ハトネンは、バカにするかのようにハヤテを見下した。
だが、いつもだったら三頭蛇のグレストールが、他の魔物どもを食いちらかして優勝しているのだ。
そんなワンパターンなバトルよりかは、まだ楽しめたというもの。
そしてなによりも、あの忌々しいグレストールを自分の足で蹴り飛ばすことができたのである。
ウッシッシシ!
そう考えると、今回のバトルそのものは、まんざら悪くはなかったのかもしれない。
笑顔になったハトネンは、急にタカトたちを褒めたたえはじめた。
「よくぞ頑張った! ココにお前たちに優勝賞品を与えよう!」
次々とタカトたちの前に並べられる賞品。
それを見るタカトとハヤテは満面の笑み。
「これは何だと思う? なぁハヤテ!」
「タカト、何かオモシロそうな物あるか?」
タカトとハヤテは、興味津々にあれやこれやとその賞品たちを手に取ってみはじめた。
だが、その賞品の数は少々、少なくなっていた。
それもそのはず、先ほどダンディが、ハトネンの前から盗んでいったのである。
だがしかしまぁ、タカトたちにとって、それは些細な問題でしかなかった。
というのもエメラルダの黄金弓とリンの羽風の首飾りさえ無事であればそれでいいのだ。
しかし、一人納得ができない男がココにいた。
そう、ハトネンである。
このバトルの主催者であるハトネンは、優勝者に与える賞品が少なくなっていることに納得ができなかったのである。
こう見えてもハトネン、遊びごとには結構うるさい。
自分で決めた遊びのルールは、必ず守る!
それが、遊び人のハトさんなのである。
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