第490話 遊び人のハトさん(2)
ハトネンは、自分のポケットから一枚のかまぼこ板を取り出すと、そこにサインペンで何かを書き出した。
「お前たちには、これを授けよう!」
タカトたちの前に突き出されたかまぼこ板には、堂々とハトネンの名前が書いてある。
唖然とするタカト。
「なに? これ……もしかして、ただのサインとか? いやいや、サインなんかいらないし」
「なんだと!」
「いやいや、タダのサインより、こっちの賞品の方が断然いいでしょ!」
と、バナナを持ち上げて笑うタカト。
歯ぎしりするハトネン。
「お前……これが何だか分かってないのか!」
「そうですよ! タカトさん!」
いつの間にかトラックの中に入ってきていたリンがタカトに声をかけた。
そのリンの表情は、少々、イライラしている様子。
まぁ、生き残ったタカトには、その理由は分かるわけはありませんが。
それに対して、リンの後ろについてくるビン子とエメラルダは嬉しそうに手を振っていた。
リンは続ける。
「それはハトネン様の加護の証!」
タカトは今だ分からない様子でリンを見た。
「何それ?」
「その加護を持っているものは、ハトネン様の客人を表しているんですよ。だから、魔人世界のどこに行っても、その加護を見せれば、魔物、魔人は襲ってきません」
「えっ、こんなサインで?」
「だから、それはただのサインではないんですぅ! ハトネン様の意識とリンクした奴隷の刻印とまさしく同じものです!」
「へぇ~」
と言うと、興味のなさそうなタカトはハトネンからかまぼこ板を受け取ると、さっさとポケットにしまった。
ハトネンは思う。
――こいつは、この加護の意味が分かっていないのか? それがどんなに凄いことなのか分かっていないのか?
魔人世界において人間はただの食料である。
そんな世界において人間が生き残る方法は、強い魔人の奴隷になること。
その胸に奴隷の刻印を受けなければ食われてしまうのである。
すなわち、奴隷と食料用の人間以外は存在しえない。
なら、今のタカトたちはどういう立場なのか。
それは、ミーキアンの奴隷であるリンがにらみを利かせている状態。
いいかえれば、ミーキアンの加護を受けている状態と同じなのである。
だが、リンがひとたびいなくなれば、加護を示すものがなくなる。
しかし、このハトネンの加護は、そんなリンのような存在を必要としないのだ。
これを水戸黄門の印籠のように掲げるだけで、魔人たちは恐れおののきひれ伏すのである。
そんな虎の威を借るような影響力を持つハトネンの加護。
それを、一介のただの人間に与えるなど、異例中の異例の事なのだ。
だが、おそらく、タカトは全くその粋な取り計らいに気付いていないのである。
その態度にハトネンは唖然としていた。
――なんで……こいつは感謝というものがないのだ? アホなのか?
だが、日頃、第七の騎士の門内で一之祐と対峙しているハトネンだ。
――まぁ、人間なんて脳みそも筋肉。大体こんなものだろう。
と、ため息をついた。
その瞬間、もしかしたら一之祐がどこかでくしゃみをしていたのかもしれない。
――しかし、なぜあの小僧から、かすかにアダム様と同じにおいがするのだ……まさかな……
タカトは優勝賞品を抱えてスタジアムから外に出た。
そこは相変わらず多くの魔人たちが往来する路地である。
そんな道の真ん中にもかかわらず、タカトは先ほど得た賞品を地面に置くと、その中から羽風の首飾りを抜き出した。
そして、それをおもむろにリンへと差し出す。
「ありがとね! これ返す!」
嬉しそうなタカトの表情とは、逆にリンは今にも泣きだしそうな表情をしていた。
そんなに羽風の首飾りが戻ってきたことがうれしいのであろうか。
いや違う。
愛にも似た尊敬を寄せるミーア姉さまを、この変態エロ野郎の魔の手から救い出すことができると思ったのにもかかわらず、なんということだろうか、まんまと魔物バトルから生きて帰ってきやがったのである。こんちゅくしょう!
この男が生きて帰ってきたということは、ミーア姉さまがこの男と繁殖を行うということにほかならない。
信じられない。
となれば、もう、きれいなミーア姉さまは、いなくなってしまう。
そんなことがあってもいいのだろうか……よくはない。
だが、今は、ミーキアン様の命令により、この変態野郎を守らなければならない。
よりによってこんな男を……
泣く泣く羽風の首飾りを受け取るリンの手は震えていた。
リンは自分に言い聞かす。
――リン……あきらめてはダメ……まだ……チャンスはあるわ……お姉さま、待っていてください……リンが必ずお救いいたします……
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