第491話 天使とバナナとミニキュウリ(1)

 そして、次にタカトは黄金弓を取り出すと、エメラルダに差し出した。

「これ、やっと取り返せたよ」

 ちょっと、誇らしげな様子のタカトは、少し照れていた。

 そんなタカトにエメラルダが飛びつき、ギュッと抱きしめる。

「ありがとう! タカト君!」

 エメラルダの豊満な胸が、タカトの顔を圧迫して呼吸を止めた。

 もがくタカト。

 しかし、もがけばもがくほど顔が胸に食い込んでいく。

 エメラルダもまた、顔を赤らめながら胸をゆすって興奮している様子。

「何やってんのよ!!!!!」

 エメラルダの前髪が風圧で巻き上がる。

 その刹那、その鼻先をかすめ何かが勢いよく振り落とされた。

 ビシっ!

 ビン子のハリセンがエメラルダの胸に顔をうずめるタカトの頭にヒットする。

 まるでニュートンの振り子のように、ハリセンの勢いを受け取ったタカトの頭が、スコーンと真下に抜け落ちた。

 その様子に驚くエメラルダ。

 しかし、すぐにその表情は真っ赤に変わる。

 というのも、下に落ちたタカトの顔が、今度はエメラルダの股間にうずまっていたのである。

 ウヒウヒウヒ……

 膝をつくタカトから不気味な笑い声が聞こえてきたかと思うと、急に頭を振り出した。

「おおぉ! ここはどこだぁぁぁぁあ!」

 わざとらしく叫ぶタカト。

 この機に乗じてスカートの下に潜り込もうという魂胆か!

 ビン子の目がピカリと光る。

 ――そうは、させるかぁっ!

清浄寂滅扇しょうじょうじゃくめつせん!」

 プロゴルファー並みに勢いよく振りぬかれるビン子のハリセン。

 タカトの顎にヒットする。

 鼻血が放物線を描いていった。

 そんなタカトは天国を見た。

 そこには片翼の白き天使が。

 激しい戦闘の連続によって身だしなみさえ整えることがままならなかった天使の姿。

 片方の翼はよじれるようにその身にくい込んでいた。

 ああ、できることなら両翼ともくい込んでいてほしかった……

 そんな叶わぬ願いを胸に、タカトの体は地面に落ちた。

 タカトの手が天を掴むように広がった。

「わが生涯に、一辺のくい込みなし……」

 その手が地に落ちるとともに、タカトは目を閉じた。

 そう、タカトが見た天国、それは、ビン子の風圧で巻き上げられたエメラルダのスカートの中。

 その中には片方の辺を身にくい込ませた純白の天使がいたのであった。


「きゃぁぁぁ! タカトさん! 大丈夫ですかぁぁぁぁぁ!」

 慌てて駆けつけたリンが勢いをそのままにタカトの腹にボディブローを叩き込む!

 ――死ねやコラぁ!

 これ幸いと、何度も何度も叩き込む。

 ごほっ! ごほっ! ごほっ!

 タカトの口から唾液が飛び散ると、痛みに耐えかね飛び起きた。

 せっかく先ほど見たパンツの記憶を長期記憶に焼き付けようと脳内で反芻していた最中なのだ。

 そんな記憶が、快楽の余韻からボディブローの激痛に置き換わってしまったのである。

「何しやがる!」

 当然、タカトは怒鳴った。

「え……っと、心臓マッサージかな?」

 リンは笑いながら舌をだし、自分の頭をこつんとして誤魔化した。


 そんなタカトのそばに小さな石が転がっていた。

「何だこの石ころ?」

 タカトはその石をつまみ上げてまじまじと見つめる。

 何の変哲もないただの石。

 そこらへんに転がっていそうな黒い玉砂利であった。

 だが、ここにあったということは、おそらく優勝賞品の中の一個なのだろう。

 まぁ、いいかとタカトは、その石を無造作にポケットの中に突っ込んだ。

 だが、実はその石、シウボマが提供した石なのだ。

 すなわち、スーパーレアアイテム「関札の石」であった。

 無造作にポケットに突っ込んでいいような石ではないのである。


 騒がしい路地の脇に一本奥に伸びる側道。

 その奥は、少々薄暗くひっそりしている。

 そんな路地の影でゴリラ魔人の三兄弟が、少年の魔人テッシーを取り囲み足蹴にしていた。

「お前のせいで、賭けに負けたじゃないか」

「俺たちの邪魔になるやつを狙えと言っただろうが!」

 目に青あざが浮かび上がるテッシーがつぶやく。

「だって、お前たちが僕を押したから……」

「俺たちのせいだっていうのか!」

 テッシーの頬がボコりとへこむと、路地の壁へとぶつかった。

 ゴリラの魔人たちの蹴りは、どんどんと激しさを増していく。

 テッシーは自分の身を守るように小さく丸くなってうずくまるしかできなかった。




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