第487話 スキル発動(1)

 ほんの少しだけ時間を戻そう。


 ゴールラインにめがけて駆けるハヤテ。

 自分がゴールすれば、魔物バトルは終了する。

 タカトは、タカト自身の命を、自分のゴールに賭けたのだ。

 タカトが食われるのが先か、自分がゴールするのが先か。

 ハヤテは、ゴールまでのほんの数十メートルの距離がこんなに遠いと感じたことはなかった。

 今まで野原を自由に走ってきたハヤテである。

 犬の半魔のせいか足には、少々自信があるつもりだった。

 だが、今に限っていえば、もっとスピードが欲しい。

 ――もっと早く!


 ハヤテの体が加速した、その数秒後、ハヤテの足がゴールラインを超えた。

 観客席から悲鳴がおきる。

 仕方ない、彼らが持つ全ての魔物券は、この瞬間にただの紙くずとなってしまったのだ。

 観客席一面に紙吹雪のように舞い散るハズレ魔物券。

 それはさながら皮肉にも半魔でありながら優勝したハヤテを祝福するかのようである。

 時を同じくして、バトル終了の鐘が鳴る。

 だが、ハヤテは勝利の余韻に浸るどころではなかった。

 ゴールラインを超えた瞬間、ハヤテの足は地を蹴り体を反転させていた。

 そして、一目散にタカトの元へと駆け戻る。

 先ほどからハヤテにはいやな胸騒ぎがしていたのだ。

 タカトのスネークホイホイpart 2は、作戦としては悪くない。

 ココは魔人世界。

 力のある者のルールが支配する世界。

 ハトネンが決めた魔物バトルのルールは絶対だ。

 バトル外、というより、バトル勝者に対する攻撃はハトネンが許すわけはない。

 魔の融合国に住むものなら、このルールは理解できているはずなのだ。

 だが、なにより、タカトは運が悪い。

 ここぞという時にババを引くのである。

 そんな嫌な予感が頭をよぎる。

 そんな駆けるハヤテの目にタカトの姿が映った。

 ――まだ無事だ!

 しかし、その安ども刹那の時間。

 タカトの直上にはグレストールが今にも飲み込まんと口を開け落下していた。


「タカトォォォォォ!」

 ハヤテは唸る!

 先ほどよりも早く体が走る。

 まだ、こんな力が残っていたのかと思うぐらいにスピードが上がる。

 まさに、風となったハヤテの体がグレストールの頭めがけて一直線。

 その軌跡はまるで白き矢。

 その矢が直前で跳ねあがると、グレストールの上空には大きな犬の姿が浮かび上がった。

 ウォォォォォォォ!

 ハヤテの額についた角が青き光を散らした。

 その瞬間、その角から発せられた雷がグレストールの体を貫いた。

 たちまち全身から白き煙を立てるグレストール。

 その動きは完全に沈黙した。


 ハヤテのタカトを助けたいという想いが、ハヤテ自身の生気を闘気へと高めた。

 その闘気の高まりが、ハヤテに技を覚醒させる。

 迅雷風烈じんらいふうれつ

 ハヤテは半魔である。

 すなわち、魔物の特性も引き継いでいるのだ。

 ただ、半分の魔物の血しか持たない半魔がその特性を呼び出すことは、かなり難しい。

 だが、ハヤテは遂にその領域に到達したのだ。

 タカトを思う心が、ハヤテの可能性を押し広げたのかもしれない。

 ハヤテから放たれた雷は、グレストールの体を駆け巡る。

 感電したグレストールは、白目をむいて痙攣するだけだった。

 幸いにも近くにいたはずのタカトは、その瞬間、グレストールの口の中。

 しかも、雷が落ちたその刹那、口の中の肉壁にまだ接触する前だったのだ。

 こうしてタカトは、偶然にも感電を免れた。

 これも、タカトが持つスキル「万死一生」のなせる業。

 そんなこととは露知らず、タカトはグレストールの口の中で肉壁に頬をこすりつけながらあえいでいたのである。

 アホである……


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