第319話

 ミズイは、この小門の存在を隠すかのように、生気が切れた体を引きずり、離れた街へと足を向けた。

 少しでも遠くに……

 街にたどり着いたミズイは、ついに倒れ込んでしまった。

 ――アリューシャ、私も、すぐに行くからね……

 薄汚いローブを身にまとったミズイは、街の通りの中で、生ゴミの様に転がった。

 街の住人達も、こんなぼろ雑巾が神であるとは思わなかったようである。

 誰一人、声をかけることもなく通り過ぎていく。

 いや、それどころか、汚いものを避けるかのように、円を描いて避けていく。

 しかし、そんな時である。

 一人の女の子が駆け寄ると、年老いたミズイの体を抱き起す。

 そして、その傍らに立つ少年が声をかけてきた。

「大丈夫か!って、ババアかよ!」


 少年を見上げたミズイは見た。

 光り輝くその姿を。

 生気に満ち溢れたその姿。

 人?

 いや……少しちがう……しかし、神でもない……

 いうなら、神と人との混血か……

 なぜ、そのような生き物がいるというのだ……

 訳が分からぬミズイ。

 だが、いつの間にか、ミズイの手に命の石が握らされていた。

 ミズイは大きく深呼吸した。

 命の石の生気がミズイの体の中へと流れ込む。

 ミズイの荒神化が止まった。

 ――とりあえずは、これで大丈夫だ。

 だが、この少年は何なんだ……

 分からない……

 だが、今は、小門から少しでも離れなくては……

 ミズイは、急に飛び上がった。


「世話になったのう!」

 ミズイは、目にも止まらぬ速さで路地裏に駆け込んだ。

 ――ありがとう……

 しわくちゃのミズイの目から、忘れていた優しき涙が光を散らした。


 街の中でタカトと別れた老婆のミズイは、森の中に隠れていた。

 だが、どうしても、タカトの事が忘れられなかった。

 あの生気に満ち溢れた体。

 あれは、神と人との混血体のような生き物。

 ――だけど……

 ミズイは、手の中で、ボロボロに砕けた命の石をじっと見つめた。

 生気が抜け軽石のようにすかすかとなった石をいまだに持っていたのでる。

 すでに何の価値もない石である。

 だが、ミズイはその石を捨てることができなかった。

 マリアナとアリューシャと離れたのち、二人を探すためにさまよった。

 誰の助けもなく、ひたすら一人で探し回っていた。

 一体どれぐらいの年月が流れたのか、ミズイ自身でもわからない。

 ただ、2人を探し出す。

 その一念で、ひたすら探す。

 そのため、人々に神の恩恵など授けることもなかった。

 そのため、人々からの施しなど一切ないのは当然である。

 少しでも長く2人を探すために、自分の持つ生気の枯渇をなるべく避けたかったのである。

 金色の目を、ローブで覆い、神であることをひたすら隠す。

 そんな、神と分からないミズイに対して、当然ながら誰も丁寧な態度など取りはしない。

 そう、ただの汚い老婆なのだから。

 それどころか、汚いゴミを扱うかのように冷たい仕打ち。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る