第496話 お前らに食わせる飯はネェ!(1)
ステージの上の競売人はそんな会場の様子に反応した。
「大丈夫! 大丈夫! ヒマモロフの油をなめさせればシャンとするから! 大丈夫!」
ステージの上に上った客の魔人の怒りが収まらない。
「こんなヒマモロフ中毒の女なんか、何に使うんだよ!」
「いやだな……少し、ヒマモロフの油を飲みすぎただけですよ」
「しかも、人魔症が末期なんだろ!こんなもの、今日中にでも食わないと人魔症発症して食えなくなるだろうが!」
こんな状態では本当に今日のうちにでも食べないと、人魔症を発症してまずくなる。
というか、末期症状なら、その肉はすでに臭いかもしれない。
「なら、今日中にお召し上がりになられればいいのでは?」
きょとんと返す競売人の言葉に、客の怒りが爆発した。
「なんだとぉぉ!」
会場内からもヤジが飛ぶ。
「馬鹿か! 詐欺やろう!」
ステージ上に石が飛ぶ。
会場内から無数の石がステージの上の競売人と膝まづく女に向かって乱れ飛ぶ。
競売人は、腕で自分の身を守りながら足にすがりつく女を足蹴にしていた。
「馬鹿野郎が‼ お前のせいで、今回のオークションは台無しだろうが! 少しの時間ぐらい我慢しろよ!」
膝まづく女はイヒヒと変な笑い声を出しながら、空を見上げるだけ。
そんな状況に白けた会場内の魔人たちが一人二人と去っていく。
おそらく他に売られている人間も同程度のものなのだろう。
会場内の人影は、いつの間にかまだら模様となっていた。
返金を迫る客に無理やり代金を奪われた競売人は、目の周りを紫にはらしながら声を上げていた。
「買う者はいないか! 安くしとくぞ! 頼む! 誰か買ってくれ!」
必死の競売人。
魔の養殖の国で、ババを掴まされてしまったのだろう。
ここで何とか、さばいて金に換えないと破産してしまう。
そんな切迫した様子が漂っていた。
「これで全員、売ってくれ……」
タカトが、ステージの下から声をかけた。
そして、手にもつ大金貨3枚をステージに投げ出した。
「えっ! こんな大金でいいのか!」
「あぁ……」
タカトの言葉は少ない。
「ありがとうございやした! 今からこの全員は、あなた様のものでございますよ」
競売人は、棚からぼたもちと言わんばかりに大喜び。
通常の奴隷のオークションであったとしても大金貨3枚が相場だろう。
しかし今回は、人魔症末期のゴミばかり大金貨1枚にでもなれば良しとしなければいけないと思っていたのだ。
それが、大金貨3枚とは!
競売人の喜びようは、異常なほどであった。
「お兄さんのおかげで、破産せずに済みましたよ! ありがとう! ありがとう!」
タカトは、ステージの上に引きずり出されていた女の首から鎖を外す。
その表情は硬く、無口のままであった。
鎖を解かれた女は、タカトの足に頭をこすりつけて懇願した。
「ご主人様……何でも致しますので、私を食べるのだけはお許しください」
タカトは、そんな女の肩に手をそっと置く。
「もう、そんなことしなくてもいいよ……名前は……」
「ナナ……天上院ナナ……」
「ナナさん、もう君は自由だ……どこに行ってもいいんだよ」
そういい終わると、同じようにタカトは後ろに控えていた人間たちの鎖を外していった。
帰り支度を整えていた競売人が嬉しそうに声をかける。
「お兄さん! 奴隷の刻印は入れなくていいのか? いまならサービスで俺が入れてやるよ」
「うるさい! もう行け!」
人間たちの鎖を外し続けるタカトは、競売人を見ることもなく怒鳴りつけた。
その様子に肩をすぼめる競売人。
ステージの下から、20人の子供たちの声が次々と響く。
「兄ちゃん! ありがとう! 俺たちのために人間買ってくれたんだ!」
「やったー! 今日はごちそうだ! ごちそう!」
「でも人魔症の末期で、かなり臭いよ……」
「お腹が減ってるから、なんでもいいよ!」
「メシ! メシ! めし!」
全身黒ずくめのタイツで身を包み、頭に大きなネズミの耳をつけた子供たちが飛び跳ねるたびに、緑と黒の三本松をあしらったズボンがヒラヒラと揺れる。
その様子にタカトの怒りは爆発。
「お前らに食わせる飯はネェ!」
その剣幕にピタリと固まる子供たち。
静寂が辺りを包む。
そして、間を置かずに、子供たちの大合唱。
大きな泣き声の二十奏が、会場内に響き渡った。
、
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