第495話 なんか違う……(2)

 だが、その瞬間、タカトの目が凍り付いた。


 タカトの目の前には、競売人の魔人が見えた。

 だが驚くべきはその後ろ。

 その魔人の後ろに並んでいるのは、鎖につながれた人間たちなのだ。

 その数、20人ほど。


 タカトの背に寒気が走る。

 ――何だと……まさか、あの人たちを売るっていうわけではないよな……


 そんな硬直するタカトを押しのけて一人の魔人がステージに上る。

 その肩には人間の男らしきものが担がれていた。

 だが、その人間の男の手はだらんと下がり、振り子のように揺れているだけ。

 おそらくその魔人、先ほどその人間を購入した客なのだろう。


 その客らしき魔人は、ステージに上るや否や肩に担いだ男を投げ捨てた。

 ステージにドサッという音ともに男が転がるが、一向に男は動かない。

 というのも、担がれていた時には気づかなかったのであるが、その顔面はぺっしゃんこにつぶされていたのである。


 この状況……おそらくすでに男は死んでいるに違いない……


 ステージに上った客らしき魔人は怒鳴り声をあげた。

「こらぁ! こんなゴミ売りつけやがって!」


 その声に会場内がざわついた。

 あわてて競売人が、ステージの上の魔人をなだめすかしだした。

「どうしました、お客様? なにか不都合でも?」


「不都合もなにも、こいつ、家に帰り着くまでに人魔症を発症したじゃないか!」

「まぁそういうこともありますよ……ハハハハ」

 笑ってごまかす競売人。


「なにがそういうことだ! お前の打っている奴隷たちは、どれもこれも人魔症の末期じゃねえか!」

「おかしいなぁ、ちゃんとヒマモロフの油を飲ませていたんですけどね……」

 ステージ上の競売人が引きつった笑顔を浮かべている。


「すでに賞味期限がきれた商品売りつけといて、これは詐欺か!」

 客の魔人の怒りは収まらない。

 相当なものなのだろう。


「仕方ないじゃないですか……今回は魔の養殖の国から仕入れてきたんですから!」

 その言葉を発した競売人は、しまったという顔をした。


 しかし、時すでに遅し。

 会場内はその言葉に反応しざわざわと話し出した。


 今回は魔の養殖の国からの入荷だって……

 あそこの国から出てくるものは、繁殖ができなくなった廃棄寸前のものが多いからな……

 養殖の国だから、人魔症の程度も末期のものばかり、生気もすでにかれているかもしれないぞ……

 もう、魔の生気を吸っても人魔症の症状を抑えることもできんな……

 ということは、肉の質はかなり落ちるな……

 人魔症にかかった肉は、臭いからな……

 しかも、人魔症を抑制するためにヒマモロフの油を飲ませてるだろうしな……

 なら、ヒマモロフ中毒にかかって脳もスカスカか……

 というか発情しっぱなしで、まともに仕事もさせられしな……。

 食うのも無理、繁殖も無理、仕事も無理……ただのゴミじゃねぇか……

 今回は、大外れかよ……

 よくて人間一人当たり大銀貨1枚というところか……


 そんな会場の雰囲気を感じたのかステージの上の競売人がいきなり大声を上げた。

「いやだなお客さん、何ならこの女と交換しますよ! この女!」


 首に鎖をつけられた素っ裸の女が競売人に引っ張られて前に引きずり出された。

 後ろに縛った黒髪が腰の高さまで伸びている女であった。

 年のころはタカトと同じ年ぐらいであろうか。

 両の手を後ろに縛られているため、あらわになった胸を隠すこともできない。

 だが、その女は恥じ入ることもなく、ぼーっとしていた。

 黒い瞳はどこを見ているのか判然としない。


 だが、クビに巻かれた鎖を引かれたことで何かを急に思い出したのかのように、女は競売人の足元に膝まづき泣き叫びだした。

「ヒマモロフちょうだい……ヒマモロフ……お願いだから……」


 その様子に会場内は、ざわめいた。

 どうやら会場内の皆は、この女も人魔症にかかっているとは思っていたが、ここまで中毒症状が進行しているとは思っていなかったようである。

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