第494話 なんか違う……(1)

 タカトが一つの露店の前でうなだれていた。

 ビン子がタカトの肩ごしから心配そうにのぞき込んだ。

「どうしたの?」

「なんか違う……俺の求めるものとは違っていた……」

 露店の台には、無数の本が並べられていた。

 それも、どれもこれもいかがわしい本ばかり。

 魔物券を大金貨に変えたタカトは、いち早くムフフな本を売る店を見つけたのだ。

 いや、ココに来る前に、すでに目星はつけていた。

 街の通りを歩いている時に、あれは何だろうこれは何だろうと覗いてたのである。


 露店に並ぶムフフな本も大金貨4枚もあれば、大方全部買い占めてもお釣りがくるだろう。

 タカトは鼻息を荒くしながら、その一冊を手に取った。

 だが、その瞬間、タカトの頭の中は真っ白に。

 そう、今、手の中で広げられているムフフな本は、魔人世界のムフフな本。

 ページをめくると、そこには、おっぱいが10個もついた女や、蛇のようにうねるでっぱりなど、魔人世界独特のエロティシズムがあった。

 あれほどスタジアムにつくまで、魔人の女に欲情していたタカトである。

 この世界観も守備範囲ではなかったのだろうか?

 いや残念ながら、今のタカトの体の中からは、ヒマモロフの油が完全に抜けきっていたのだ。

 その興奮作用、催淫作用は、すでに覚めている。

 先ほどまでエロく見えていた魔人のおっぱいが、妙に違う世界の生き物のおっぱいに見えてくるのだ。

 例えて言うならば、牛のおっぱいを見ても「しぼりたての牛乳って、おいしそうだよね」とはなるが、さすがに「ハァハァ」と興奮するのはごく少数の変わった人だけだろう。

 ――これでは興奮せん……

 タカトは本を閉じた。

 今のタカトに残された方法はムフフな本をあきらめるか、再度、ヒマモロフの油をとって魔人世界のエロティシズムに飛び込むかのどちらかであった。

 って、ヒマモロフ中毒は嫌だぁァァァァ!


 その露店が面した広場では多くの魔人たちが集まっていた。

 その大勢の大人たちの後ろで、子供たちが20人ほど飛び跳ねている。

 子供たちは全身黒ずくめのタイツで身を包み、頭に大きなネズミの耳をつけていた。

 お揃いの緑と黒の三本松をあしらったズボン。

 どうやらその子供たちは、広場の前の様子を見たいようなのだが、人混みが多くてよく見えないようなのだ。

 タカトはそんな子供たちに何気に声をかけた。

「どうしたんだ……」

 ミーキアンによって身の安全が確保されていることが既に分かっているタカトは、もう、普通に魔人たちと会話をしていた。

「兄ちゃんが、死んじゃったから、今日はごちそうがないんだって……」

「えっ……」

 一瞬言葉を詰まらせるタカト。

 目の前の黒タイツの子供たちは、まだ小さい。

 お兄ちゃんということは、きっとこの子たちは全員、兄弟なのだろう。

「せっかく、今日は一杯ごちそうが食べられると思っていたのに……」

 この子たちの周りには親の姿が見えない。

 ということは、その兄ちゃんがこの兄弟たちを養っていたのであろうか。

 だが、その兄ちゃんも、何か事故にでもあったのだろう……

 戻らぬお兄ちゃんを待つ兄弟たち。

 すこし、タカトの目がしらが熱くなった気がした。

「この広場で、そのごちそうを売っているのか?」

「うん! 今日は月に一度の天然物の入荷日なんだ。」

 おそらく、この日のために何も食べていなかったのだろう。

 ぐうぅという音が兄弟たちの腹から聞こえてくる。

 空腹のためなのか、せめてそのごちそうを一目見ようと飛び跳ねていたのだろう。

 ――この幼い兄弟たちは、これからどうするのだろう……

 そう思うと、タカトの胸に、なにかやるせない思いがこみあげてきた。

「よっし! 俺がそのごちそうを買ってきてやるよ!」

 タカトはそういうと、広場に集まる群衆をかき分け、前々へと進んでいった。


 広場の前には、大きなステージが作られていた。

 そのうえで一人の魔人が大声を出している。

「本日のオークションは、天然ものだ!」

 ステージの上の魔人は歩きながら話を続ける。

 オークションということは、この魔人が競売人なのだろう。

「今回は安いよ! 安い! 大安売りだ! 天然物が驚きのお値段!」

 その競売人の安いという言葉に観客たちはどよめいた。

 ということは、かなり安いのだろう。


 タカトはそんなどよめきを聴きながら、やっとのことで最前列にたどり着いた。

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