第139話 慰霊祭(8)


 二撃目の棍棒がタカトに届こうとした瞬間


「ダメっ!」

 ビン子がタカトの前に立ちふさがった。

 振り下ろされる棍棒

 覚悟を決めたビン子は目をつぶる。


 ――タカト一人だけ行かせはしない!


 一瞬、ビン子の前に一人の女性の姿が見えた。

 幻か。きっと幻なんだろう。

 金色の瞳に金色の長い髪。

 細身のすらっとした巨乳の女神であった。

 この姿、幼少のタカトが母によって崖から落とされたときに、命を救った優しき女神。


 女神はビン子に問うた。

 ――あなたは、今、本当に幸せ?

「この大変な時に何を言っているの!あなた!神なんでしょ!力を貸して!」


 女神はほほ笑みながら再度問う。

 ――あなたは、今、本当に幸せ?

「えぇ! 幸せですとも! でも、ここでタカトを失ったら、それで終わりなのよ! だから、お願い!」


 ――タカトの事、好き?

「好きよ! 大好き! 死ぬほど大好きよ! タカトを失いたくないの!お願い!」


 ――この先どんな辛いことがあっても耐えられる?

「そんな事知らないわよ! だけど、これだけは言える! タカトと一緒なら大丈夫! きっと大丈夫!」


 ――そうwww

 女神は意地悪そうに微笑んだ。

 そして、金色の光の中に消えていく。


 その瞬間、ビン子の体が光を放つ!


 金色の光がビン子とタカトを包みこむ。

 ビン子の黒髪が金色に美し輝いた。

『神の盾』がガメルの棍棒をはじき返したのだ。


 三撃目が、激しく打ち落とされる。

 神の盾が、その打撃を跳ね返す。

 しかし、絶対防壁である神の盾は非常に大量の生気を消費する。

 生気の消耗が激しいビン子は、歯を食い縛る。


 四撃目!

 神の盾は、びくともしない。

 国を持たぬビン子

 神民を持たぬビン子

 神の恩恵の代償は、すべてビン子一人へとのしかかる。

 ビン子の顔が、苦痛で歪む。


 五撃目!

 跳ね返される棍。

 ビン子の呼吸が荒くなる。

 既にビン子の生気は枯渇したのであろうか。

 コンタクトレンズの上からでも、ビン子の目が赤く染まっていくのはっきりとわかる。


 六撃目!

 肩で息をするビン子は、歯を食い縛る。

 ――タカトだけでも!

 すでに生気が枯渇しているビン子は、最後の力を振り絞る。

 ガメルは渾身の力で棍棒を押し込む。

 絶対防壁の神の盾であっても、砕き割ろうというのであろうか。

 神の盾と『凶虫の棍棒』が光の火花を散らしている。

 ビン子は、最後の力を振り絞る。

 ――タカト!

 打撃と共にガメルを跳ね返すと、光の壁はくだけ散った。


 ゆっくりと崩れ落ちるビン子。

 力が抜けたその体が膝をつく。

 ビン子の横顔は、タカトを守れたかすかな微笑みをたたえていた。

 しかし、もう力が出ない。

 このまま、生気の尽きたビン子は荒神になってしまうのだろうか。

 そうなれば、タカトと一緒に笑うことはできなくなってしまう。

『また今度ね……』

 タカトとかわしたキスの約束……

 ――ごめんね……

 意識を失いタカトの上へと倒れ込むビン子。


 ――何だと!

 全ての連撃を跳ね返され、ひるむガメル。

 絶対防壁の神の盾と言えども、ここは融合国。

 神民を持つ融合の神ならばいざ知らず、どこの馬の骨とも分からぬノラガミごときに、我が連撃をすべて弾き飛ばすほどの力があったというのか。


 その刹那、ガメルに向かって何本もの長槍が突き刺さった。


 長槍の飛来した先の城壁の上から複数の魔装騎兵たちが見下ろしていた。

 魔装騎兵たちの影からアルダインが姿を現す。


 アルダインはビン子を伺う。


 ――ノラガミにしてあれほどの神の恩恵を発動させるとはな。


 アルダインは、ビン子に興味を持ったようである。


 ――しかし、あれだけの力を使えば生気が尽きるか。


 アルダインは、ネルに命じる。

「あの神が荒神化すればすぐさま荒神監獄へ投獄せよ。」


「御意」

 ネルは、静かに頭を下げる。


 ――あの男どこかで……

 ネルはタカトを見つめる。


「ガメルよ。何をしにわが王国に立ち入った」

 笑いながらアルダインがガメルに問うた。


「なに、新たな騎士殿に挨拶でもしようと思ってな」

 笑いながら槍を抜くガメル。

 その傷口から、血が吹き出す。


 しかし、ガメルは、内心、苦虫を潰す。

 ――思ったよりも早かったな


「そうか、挨拶が終わったのなら、もう思い残すこともあるまい?」

 アルダインはにいやらしく笑う。


「そう言うお前は、式典で忙しいのではないのか?」

 ガメルも馬鹿にするように笑う。


「堅苦しいのは、若い者に任せておるからの。ワシはお前を出迎えねばならんからな」


 面倒臭そうなアルダインは、手をあげる。

「御意!」

 それに応じるかのように、更に姿を見せた神民兵たちが、次々と開血解放し、魔装騎兵となっていく。

 城壁の上には、無数の魔装騎兵が並んでいた。

 一体、これだけの魔装騎兵をどこから連れてきたのであろうか?


 ――ふん、情報は、やはり漏れているか。ヨメルの奴め……


 アルダインは、魔人騎士ヨメルの情報により、ガメル進行を察知していた。本来であれば慰霊祭の式典は、宰相であるアルダインが執り行うのであったが、それをあえてセレスティーノに任せたのであった。そして、全ての融合国内の守備任務についている第八以外の神民兵を、この第六の騎士の門に集結させていた。


 ガメルは、第六の宿舎をちらりと見る。

 ――まだか……


 ガメルは手を振る。

 一斉に城壁へと襲いかかる魔物たち。


 アルダインも手を振る。

 城壁上の魔装騎兵たちから、一斉に弓と長槍がガメルたち魔物めがけて飛んでいく。


 城壁の広場は、魔物たちの悲鳴で埋め尽くされた。

 これは城壁上部からの一方的な殺戮であった。

 城壁の上部に届くことがない魔物たちは、なすすべもなく、その体を貫かれていく。

 いつもは、思慮深いガメルがなぜ、このような無駄な死を積み重ねていくのであろうか。

 歯を食い縛るガメル。

 騎士の盾が発動できないガメルもまた、長槍に貫かれている。

 ガンタルトたちがガメルを守る。

 ガンタルトの甲羅に深々と突き刺さる槍と矢。

 ガンタルトたちもまた、次々と倒れていく。


 ――ミーキアンすまぬ……

「ここまでだ!」


 ガメルたちは、騎士の門内へと下がっていく。





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 用語の説明は、別小説「蘭華蘭菊のおしゃべりコーナー(仮)」に記載しています。


 赤い目(荒神) → 「第18話 荒神って何?」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054906427764/episodes/1177354054922459592


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