第440話 空腹の獣(3)

 ディシウスが目を覚ました時には、そこは、どこか別の部屋であった。

 おそらく、ヨメルが、気を利かせてディシウスを休ませたのだろう。

「ソフィア!」

 ディシウスは上体が跳ね起きた。

 あの光景は夢だったのだろうか?

 現実なのか、夢なのか全くわからない。

 だが、確かめる方法はある。

 ディシウスは立ち上がると、部屋を飛び出る。

 そして、そこでであった魔人の胸倉をつかみ上げ、凄い剣幕で脅した。

「オイ! ヨメルの研究室はどこだ! あの繭が浸かったカプセルの部屋だ」

 ビビる魔人は、震える手で廊下の先を指さした。

 その先を見るや否や、ディシウスは掴む魔人を投げ捨てて、一目散に駆けだした。

 そう、その部屋の中にカプセルがあれば夢なのだ。

 緑の液体に虹色繭が浮かんでいれば、あれは、ただの悪夢だったのだ。

 ソフィアが魔人を食ったりするわけないだろ。

 部屋に入れば、何事もなかったかのようにカプセルがあるはずだ。

 そして、俺は、また、そこに座り続けるだけの事。

 ディシウスは、指さされた研究室の入り口をがらりと開けた。

 しかし、暗い。

 いつもなら、オレンジ色の光が緑の液体を照らし出しているにもかかわらず、やけに暗い。

 踏み出す足が何かを踏んだ。

 ガチャっと割れる音。

 ディシウスは足元を伺った。

 廊下から差し込む明かりが、うっすらと部屋の床の様子を浮き上がらせた。

 辺り一面に飛び散る赤き血。

 いたるところに血だまりができていた。

 その間あいだに砕け散ったカプセルの断片。

 その奥に緑の液体が、いまだに乾くことなく広がっていた。

 ディシウスの体が硬直した。

 自分が願っていた部屋の様子とは明らかに違う。

 いや、この風景だけは、見ることを拒みたかった。

 争った風景。

 それは紛れもない事実。

 と言うことは、あの夢のような情景が現実であったという事なのか。

 ソフィアが魔人を食らっていたという事実が現実なのか。

 あれが……ソフィアだというのか……

 ディシウスは、動けなった。

 全くその場から動けなかった。

 だが、一瞬ソフィアの顔が目に浮かぶ。

 そう、あれはソフィアだ……

 ソフィアが繭から生還したことは紛れもない事実なのだ。

 そして、耐え難い事実だとしてもそれが真実である、この部屋が証明してくれている。

 もしかしたら、ソフィアはただ単に復活直後のため、少々混乱していただけんではないのか?

 そもそも、四週間も何も食べていなかったんだ。

 いくらソフィアと言えども、腹が減るに決まっているだろう。

 復活の混乱と空腹。

 きっとそのせいで、あんな行動をとったんだ。

 今なら、きっと落ち着いているはず……

 というか、ソフィアはどこだ!

 咄嗟にディシウスは、辺りを見回した。

 だが、そこにソフィアがいるはずもない。

 もしかして、殺されたのか……

 いや、あの情景が現実であれば、ヨメルの最後の命令は捕獲だったはず。

 ならば、どこかに幽閉されている。

 ディシウスの体が反転した。


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