第315話

「貴様! 魔人だったのか!」

 カルロスは怒鳴った。

 その反応は無理からぬこと。カルロスも、ネルも、目の前に立っているソフィアの出自など知らないのだ。

 いつの間にか、アルダインのお気にいりとなり、人魔管理局の局長に収まっていたのである。

 このように変化する前のソフィアの目は赤かった。

 確かに赤い目は荒神の象徴である。しかし、ソフィアは荒神たちとは違い、意思疎通ができ、理性的に動いているように見えた。

 赤い目は、確かに少し不思議ではあったが、緑色の目でないのであれば、さほど気にすることではなかった。

 だが、今、違う。

 目の前で口から紫色の体液を滴らせているソフィアの右目は、確実に緑である。

 先ほどまでは、両目とも赤色だった。それは、間違いない。

 3000号の心臓を食らったときからである。

 ソフィアの右目が赤色から緑に変わったのは。

 そして、カルロスの拳を遮るかのように六角板状の神の盾もまた現れたのだ。


「貴様! 魔人であることを隠していたのか!」

 ネルがふらつく内またに力を込めて、長剣をかざす。

「融合国の中枢にまで、魔の国の勢力が入り込んでいたとは……」

 カルロスもまた、いまだ、驚きを隠せないようであったが、魔装装甲が砕けた拳を構えた。

 ソフィアが、口の中に残った肉の塊を吐き出した。

「ふん! 私が魔人であるかどうかなど知らん!! だが、私は、あの人のもとに帰らねばならんのだ!」

 その瞬間、ソフィアの背中より、蝶の片羽が開ききる。

 その羽は、まるでアゲハ蝶のように美しい。

 ――ディシウス……

 ソフィアは、その名前を呟いた。

 それが、誰なのか分からない。

 だが、3000号から注がれる血を飲むたびに、目に浮かぶ。

 獅子の顔をした魔人の姿。

 そして、ディシウスという一つの名前……

 とても大切だったような気がする。

 絶対に忘れたくないような記憶……

 そして、私が帰るべき場所……

 その獅子の顔をした魔人がディシウスと言う名であるかどうかは確信が持てない。

 だが、今、ソフィアの記憶に浮かぶのは、この二つ。

 そして、これを思い出している時、ソフィア自身は、安らぎを確かに感じていた。

 ソフィアの緑色の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 ――あなたのもとに……必ず……

 ソフィアの緑の目が鋭く光るとともに、多く叫ぶ。

「邪魔だ!」


 カルロス達の目の前のソフィアの姿が、瞬時に消えた。

 その姿を目で追う間もなく、カルロスの体がはじけるように天へと吹き飛んだ。

 ――なに?

 何がおこったのか分からぬカルロスの魔装装甲が砕け、宙を舞う巨体の後を追っていく。

 魔物の様に鋭い爪が伸びたソフィアの右手が、カルロスの胸を切り裂き突き上げられていた。

 一瞬で粉砕されていくカルロスの魔装装甲。

 もし、この魔装装甲がなければ、今頃、カルロスは腹部から臓物をこぼし、息絶えていたことであろう。

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