第207話 苦肉の策(3)

 駐屯地の後方の城壁の上に、連撃弩部隊が集められていた。

 その後方には、投石車の部隊がコウテンの指示により並べられる。


 そして、それとは逆に位置する城壁の正門の背後には神民兵の一団が、第5駐屯地の援軍に向かうべく待機していた。

 その部隊は2つに分かれている。

 それぞれの部隊に、コウセン、コウテンがラクダに騎乗し付き従う。

 長兄のコウケンは駐屯地を守護するために残るようである。


 ラクダの手綱を引き、その暴れを制御しながらコウセンは尋ねた。

「兄者、一之祐さまにお願いしたことって、どういう事なんだ?」

 次兄のコウセンは、コウケンが一之祐に対して、ハネトンを抑えろと言った意味が分からなかった。ハネトンは、魔神国のフィールドにいる。おそらく、フィールドの外には出てこないだろう。ということは、一之祐が魔神国のフィールドに赴くということである。いくら一之祐が騎士といえども、魔神国のフィールドでは、騎士の盾は発動しない。最悪、死に至る可能性がある。まさに、主君に対して危険な行為をさせようとしているのである。また、一之祐も、その危険を分かっていながら、笑って引き受けた。一体、何なのであろう?

「まぁ、ああでも言わないと、一之祐様は、我らの出陣を許してくれないですからね。まあ、その真意は、自ずと分かります。一之祐様を信じなさい。あのお方は少々のことではくたばりませんよ」

「まぁ、頭のいいコウケン兄のいう事だら、なんかあるっすよ! しかし、奴らの神民スキル『魔獣回帰』が使えないとはいえ、神民魔人30は、やっぱ多いっすよ!コウケン兄!」


「コウテン! 泣き言をいうな! 大体、お前、親衛隊長を名乗ってたんだろうが!  それが宝塚の掟じゃないのかよ!」

 次兄のコウセンが末弟のコウテンに怒鳴った。

 一瞬、意味が分からない様子のコウテンだったが、何やらふと思い出した。

 そういえば、昔、この駐屯地でアイドルの親衛隊長をしてたすね……まじで、黒歴史っす!

 顔を赤らめたコウケンは必死に言い訳をしはじめた。

「コウセン兄、そんな昔のことをほじくり出さないで欲しいっす! だいたい、ココは宝塚じゃなくて駐屯地っすよ!」


 コウケンがおもむろに、6本の竹筒を取り出すと、コウセンとコウテンに三本づつ手渡した。

「いざという時には、これを使いなさい」

 竹筒を受け取るコウセン

「兄者、これは何だ!」

 コウテンは悲しげな笑いを浮かべる。

「この中には万命寺の秘薬 生気回復薬が入っている。長年、命の石を漬け込み生気がとけこんだ液体だ。これが3本……意味は分かるな」

 コウセンとコウテンは手に持つ竹筒を見つめて、小さくうなずいた。

 コウケンは、にこやかに微笑む。

「さぁ、我ら三兄弟の最後の出陣! 笑ってまいろうか!」


 空の頂点に日が光る。

 正門が開くとともに飛び出す、神民部隊。

 今だ駐屯地後方の神民魔人たちはその動きに気づかない。

 正門を出た神民部隊は、二手に別れ、駐屯地の左右へと大きく迂回していく。

 その行動にようやく、後方の神民魔人たちが気づいた。

 神民魔人の群れの中から、空を飛べる魔人たちが翼を広げる。

 舞い上がった瞬間、城壁から嵐のような矢が飛来した。

 空に舞い上がり、向きを変えていた魔人たちは、矢に塗られた毒にやられ、次々と落ちていく。

 地をかける神民魔人たちは、いったん矢の届かぬところまで後退しはじめた。


 しかし、なぜ、正門の前に構える魔獣たちの部隊は、目の前を通過する神民兵たちに襲い掛からず指をくわえてみていたのであろうか。


 魔獣たちは、ただ神民兵が走り去るのを見ていたのではない。

 動けなかったのである。


 魔獣たちにむかって一人の男がゆっくりと向かってきていた。

 側にはいくつもの魔獣の骸が横たわる。

 そう一之助は、誰よりも先に門を開け駐屯地の外を歩いていたのだ。

 砂塵舞い上がる砂漠の中を深い悲しみを押し殺した憤怒の表情で真っ直ぐに。


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