第594話 やっと一人終了!


 オレテガは暗闇の中で笑い出しそうになるのをこらえていた。

 というのも、ココで笑い声を出してしまえば、カルロスに存在を気づかれる。

 もしかしたら、カルロスはココでオレテガが声を出すことを期待しているのかもしれない。

 そんな手に引っかかっては、今度はどんな仕打ちにあうか。

 すでにカルロスは毒の香りで身動きが取れないのだ。

 だいたい、あの若い坊主の少年と違いオッサンだ。

 焦ったところで、持久力はないはず。

 無限に湧き上がる若き力も捨てがたいが、焦らしてゆっくりと責め立てる老練の身体も悪くない。

 そう、焦ることはないのだ。焦ることは。

 カルロスの動きが完全に止まってから、ゆっくりとあの堅物をしっぽりといただけばいいだけなのである。

 舌なめずりをするオレテガ。


日月星辰じつげつせいしん!」

 だが、次の瞬間、暗闇の中でカルロスの声が響いたかと思うと、オレテガの視界が、真っ白になったのだ!


 ⁉


 オレテガの視界が徐々に色に慣れてくる。

 色?

 そう、そこはもう先ほどまでの暗闇ではなかったのだ。

 煌々と松明の明かりが廊下を照らしだしていた。

 そんな廊下の床にオレテガの視界は張り付いていた。

 ――ケケ……?

 だが、声を出そうにも声が出ない。

 息をしようにも空気を吸い込むことができない。

 いまだ何がおこったか理解できないオレテガの視野の隅をゆっくりと何かが倒れ込んでくるではないか。

 ――これは、私の体……?

 先ほどまで一体であったはずの自分の体。

 そんな体が、今、魔血をまき散らしながら倒れ落ちたのだった。


「はぁはぁはぁ なんとか、うまくいったな……」

 そんなカルロスの手に、伸びきった円刃の盾がシュルシュルと音を立てて戻っていく。

 そう、カルロスは気が狂ったわけでも何でもなかったのだ。

 ただ一度のチャンス。

 この松明に火が付くチャンスを狙っていたのである。


 廊下に並ぶ松明の高さはどれも同じ、しかも等間隔に並んでいる。

 当然、壁に固定された松明は暗闇の中でもその場所を動かないのである。

 ならば、円刃の盾を壁に打ち付けた際に発生する火花で再び火をつければこの暗闇は打ち消すことができる。

 簡単な事ではないか!

 しかも、オレテガは熱に反応する。

 おそらく、高熱になればなるほど眩しく見えるはずなのだ。

 ならば、そのわずかな松明の熱量をこの円刃の盾で増幅して放出すれば、奴の視界はホワイトアウトするはず!


 だが、これは一度きりのチャンスなのだ。

 どうする……

 自分の体の感覚が残っているのもあとわずかだろう。

 どうする……

 しかも、奴に気づかれればそれで終わりである……

 どうする……

 いや! 奴が油断している今がチャンスなのだ。

 ならば、いつやるか? 今でしょ!

 やるしかないだろうがぁぁぁぁ!

「ドおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあぁ!」

 カルロスは、円刃の盾を暗闇の中に無秩序に飛ばしながら、松明が並ぶ列の直上へと投げ飛ばすタイミングを見計らっていた。


 だが、カルロスは今、この暗い廊下の半ばにいるのだ。

 その廊下の壁を背にして左右に道が伸びている。

 一つは広場につながる出口。

 もう一つは奥へとつながっている。

 松明をつけるにも左右どちらを優先すればいいのか分かっているのだろうか?

 オレテガのいる方向と逆の松明をつけてしまったら、当然この作戦は失敗に終わってしまう。


 だが、すでにカルロスはそんなことも承知のうえであった。

 そう、唯一あの時つかんだオレテガの舌。

 カルロスは眼前の壁に打ち付けてやりたいのを我慢して、わざと廊下の奥へと放り投げたのだ。

 あれからカルロスの横をすり抜けた気配はない。

 ならば、奥へ通じる廊下の直線状のどこかにいるはずなのだ。


 だが、攻撃するにも辺りの状況は全く分からない。

 あれだけコウセンが激しく戦っていたのだ。壁や天井が崩れているかもしれないのだ。

 まずは、その確認が優先。

 カルロスは円刃の盾が打ち付けられた時に発する火花のわずかな時間を組み合わせ、廊下の状況を整理する。

 条件は……すべて整った……

 麻痺が強くなる体を無理やり廊下の中心へと動かした。

 そして、満を持して松明の直上に向かって円刃の盾を投げ出したのである。


 壁の表面を一直線に火の粉が走り戻ってくる。

 それに遅れることコンマ数秒!

 一気に松明の明かりが燃え上がり始めた。


 すでにカルロスの手に戻ってきていた円刃の盾の表面が、いくつかの発火したての松明の光と熱を集めはじめていた。

日月星辰じつげつせいしん!」

 蓄えられていた光と熱を一気に放出する。

 それは、まるで白熱灯の最後の握りっペみたいなわずかな発光。

 だが、高感度センサーとなっているオレテガには十分であった。

 それと同時に、光の中に浮かび上がった一つの陰に向かって、まっすぐに円刃の盾が伸びていく。

 そして、星の軌道が交わるかの如く、円刃の盾がスパッとオレテガの首を切り落としていた。


 かすみゆくカルロスの視界。

 ――やっと……やったか……

 その先には、オレテガの体を包んだ緑の炎のようなモノが揺らめき立っていた。

 徐々に崩れていくオレテガの肉体。

 それは焦げるというより溶けるといったほうが適当かも知れない。

 今やオレテガがいた場所には緑の液体が広がり腐ったような匂いを発していた。


 そんな暗闇の中、女の声が近づいてくる。

「いやぁぁぁぁぁぁ! もういやぁぁぁぁ! もうアダム様には逆らわないから!」

 そう、アイナの声であった。

 アイナは奇声を発しながら、暗い廊下を奪取してくるのだ。

 もしかしたら、その発する音の反響で位置が分かるのかもしれない。


「アイナちゃぁぁぁぁぁん!」

 その後を別の声が追いかける。

 そう、タカトの声である。

 タカトもまた暗い廊下の中を明かりを持たずにダッシュしていたのである。

 だが、彼の目には今や『裸にメガネー』がかけられていたのだ。

 そう、これは服の上からも裸が見えるという優れもののアイテム。

 要は、対象の生気を感知する能力があるのである。

 だが、その実態は、神であるビン子の生気量をベースにしたため、通常の人間が発する生気量ではくっきりと見ることができない欠陥品であった。

 しかし、今、目の前を走るアイナは第三世代。

 しかも、何やら魔物のように目を緑にしているのだ。

 そのためか、通常の人間よりも多くの生気を発していた。

 タカトにとって、これはラッキーだった。

 暗い廊下であっても、前を走るアイナの姿がはっきりと見えたのだ。

 そう、お尻の割れ目まで!

「えへへへへへへ……アイナちゃぁぁぁぁん」


 ゴヘェ

 うごっ!

 そんな時、タカトの足元で悲鳴が二つ響いた。

 どうやら、廊下にうずくまるコウセンとカルロスの体を踏みつけてしまったようなのだ。

 いまや、生気の尽きかけた二人の体。

 タカトにとっては、ほとんどよく見えなかったのである。

 ――なんか踏んだかな?

 そう思うタカトであったが、目の前のお尻がどんどんと遠ざかっていくではないか。

 こんな事を気にしている場合ではない!

 と言うことで、猛然とダッシュ!

 ゴヘェ

 うごっ!

 どうやら、タカトの足元でコウセンとカルロスが完全に気を失ったようである。


 





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