第593話 ぼろを着ても心は学ラン!

 カルロスは神民兵、いわゆる軍人である。

 コウセンのように武術を極めんとしているわけではない。

 その体は魔物の殺し方は心得ていても、気の読み方はコウセンに比べると格段に落ちるのだ。


 というのも今のカルロスは、暗闇の中で防戦一方。

 円刃の盾を低く構え、どこからともなく飛んでくるオレテガの攻撃に耐えていた。

 だが、そんなカルロスの膝が突然ガクンと崩れ落ちたのだ。


 ⁉

 ――何!

 いや、わずかに感じる気配を、すんでのところで盾で防ぎきっていたのだ。

 それにもかかわらず……

 だが、そうは思うもののカルロスの足には力が入らない。


 気になるのは、先ほどから鼻につく香水のような生臭い香り。

 オレテガが動けば動くほど強くなっている。

 それは、まるでケバイおばちゃんとエレベーターの中に閉じ込められた時のような感覚。

 しかも、こともあろうか「ちょっと、メイクがはがれたわ~」とさらに密閉空間の中でダメ押しのメイクを真横でポンポンと重ね塗りしだしたようなのだ。

 クラクラする……

 これが香害……というものか……

 いや……神経毒といった方が適当なのかもしれない。


 ――しまった……この香りのせいか……

 ガシャーン

 気づいた時にはカルロスの構えていた円刃の盾が地におちていた。


 その瞬間!

 暗闇の中、カルロスの顔面に強烈なプレッシャーが襲い来る!

 ――ちっ!

 咄嗟に身をよじる黒きカメの魔装騎兵。

 ギリギリギリ!

 甲高い音共に顔の装甲が火花を上げる。

 一瞬のまたたきの中に浮かび上がるカルロスの瞳。

 だが、魔装装甲が砕けた隙間からのぞくその瞳はまだ、あきらめてはいなかった。

「やっと! 捕まえたぞ!」

 顔面をかすめ伸びきったオレテガの舌を、カルロスの太い腕がギュッと掴みあげていた。

 ぎぃぃぃいぃ!

 悲鳴を上げるオレテガ。


 そう、カルロスは第六の駐屯地の隊長であり、魔装騎兵養成学校の講師でもある!

 そんなカルロスは、硬派という面ではコウセンとよく似ていた。

 例えるなら、コウセンが硬派な応援団員(新入り)であるとするならば、カルロスはその応援団長(4年留年)といった感じなのだ。

 要は、コウセンよりも軟弱なオカマが嫌いなのである。

 ぼろを着ても心は錦!

 そんな事はカルロスには関係ないのだ!

 漢に錦などいらん!

 黙って学ラン! 心は常に学ラン一枚ふんどし一丁なのである!

 まぁ、ココだけの話、カルロス隊長はふんどし愛好家として名を馳せているのだ

 いや、今はカルロスの趣向の話などはどうでもいい。

 だが、そうは言ってもカルロスは立場上、オカマという性差があることは認識している……

 それを認めることが上官を務めるうえで必要な事であることも承知していた。

 だが、頭が理解していても体の個々の細胞が拒絶するのである。

「くたばれぇぇぇ! オカマァァァァア!」

 カルロスの怒号と共に舌を掴んだ腕をぐるりと一周回す。

 そして、渾身の力をっ込めて前方の壁へ! ではなく廊下の奥へと振りぬいた。

 どうやら、その存在を社会的に認めることと個人的に認めることとは別次元のお話しのようである。


 ギギィィィィィィ

 暗闇の中、そんなオレテガの悲鳴が勢いよく回ったかと思った瞬間

 ぶぎっ!

 断末魔と床石が激しく壊れる音が響いた。

 どうやら、オレテガの顔面が廊下の奥の石畳にしたたかに打ち付けられたようである。


 ――やったか……いや……

 カルロスはがれきが崩れる音が収まった目の前の闇を睨み続けていた。

 そう、いまや、足に力が入らないカルロスの投げ技などただ単に腕を振っただけ。

 力や体重すらのっていない軽いものなのだ。

 それを分かっているカルロスだからこそ警戒を解かなかった。いや、解けなかったのだ。

 そして、案の定、がれきを押し分け何かがずるずると這いずる音がし始めたではないか。

 ――やはり、ぶった切るぐらいでないと無理か……


 カルロスは咄嗟に地に落ちていた円刃の盾を掴みあげると、それを一気に目の前からする音の元へと投げつけた。

 キュィィィン

 盾からのびる無数の刃がまるで電動丸ノコのように高速回転を伴いながら鎖を引いて飛んでいく。

 ガキッキキッ!

 暗闇の中で刃が壁を切り刻む火花が無数に飛び散った。

 だが、そこにオレテガの姿は、既にない。

 ――チッ!


 カルロスが腕を振り戻すと、まるでヨーヨーのように伸びた鎖の軌道上を円刃の盾が回転しながら戻ってきた。

 それをタイミングよくピシャリと受け取る。

 ちなみに、辺りは何も見えない真っ暗やみである。

 もうこれは長年の経験がなせる職人技と言っても過言ではなかろうか。


 何も見えない中でも、カルロスは次のチャンスを伺っていた。

 だが、砕けた膝は先ほどから動かない。

 それどころか、麻痺の感覚は徐々に体を上へとのぼってきているようだった。

 このままでは、いつかは体が完全に動かなってしまう。

 それも、かなり早い段階で……

 かといって、この暗闇の中で存在をとらえにくいオレテガを攻撃するのは至難の業。

 しかも、先ほどの攻撃以来、奴はわざと距離を取ってジッと様子を見ているのだ。

 それは、まるで毒にかかった獲物が動きを止めるのを静かに待っているかのように。

 そんな獲物いたぶって遊んでいるかのようないやらしい視線を感じずにはいられないのだ。


 それが分かるカルロスだからこそ、余計に焦りが生まれたのかもしれない。

 どうする……

 静かな時間が流れていく。

 どうする……

 次第に太ももの感覚が消えていく。

 どうする……

 徐々に腰の感覚も消えていく。


 突然、カルロスは大声を上げた。

 その大声は、まるで今までのカルロスからは想像し得ないような叫び声。

「ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあぁ!」

 さらに、カルロスは円刃の盾を辺り構わず無茶苦茶に投げ飛ばし始めたではないか。

 もしかして、こうやって投げているうちに、いつかは当たるなどと思ったのだろうか?

 いやそれとも……暗闇と消えゆく感覚によって正気を保てなくなったのだろうか。


 確かにこの時のオレテガは、そう思っていた。

 暗闇の中をあらゆる方向に向かってランダムに飛び回る円刃の盾は、まるで殺気を持っていないのだ。

 その内の一つや二つがオレテガに向かってきたとしても余裕でかわせてしまう。

 当然、オレテガによけられた円刃の盾は背後の何もない空間をまっすぐに突き進み、ついに伸びきった鎖は弧を描いた。

 水平にスライドしていく刃は勢いよく壁に打ち付けられると激しく火花を散らした。

 そして、壁の表面を一直線に火の粉が走り帰っていくのだ。




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