第592話 オカマの種明かし

 さて、場所と時間を変えよう……


 ここは駐屯地の内部の長い廊下。

 そこは、また漆黒の闇に閉ざされていた。

 そう、ここは先ほどまでコウセンとオレテガが戦っていた場所である。

 そして、今、暗闇の中で一つの断末魔がそんな暗闇に響き渡っていた。


 この、ほんの少し前……

 今まさにコウセンが身にまといし闘気の炎が消えようとしていた時のことである。

 廊下の入口から大きな男が駆け込んできたのだ。

 そう、この男は、カルロス。

 エメラルダの神民兵である。


「開血解放!」

 カルロスの野太い声と共に魔血ユニットが甲高い音を響かせる。

 そして、カルロスの体を黒のカメの魔装装甲がまとっていくとともに、その蒸着する熱量が水蒸気を立てていた。


 その瞬間、今まさにコウセンを襲おうとしていたオレテガの舌が向きを変えたのだ。

 そう、まるで戦っている相手がカルロスであるかのように。

 そして、一直線にカルロスに突っ込んでくるではないか。


「チョコザイな!」

 カルロスはそんなオレテガに渾身のタックルを食らわせる。

 ただでさえ大男のカルロスだ。

 そんなカルロスが魔装装甲をまとって繰り出した一撃。

 瞬間、オレテガは断末魔を上げると、廊下の奥へと顔面をつぶしながら吹っ飛んでいった。


 そして、ついにコウセンの闘気の炎が消えたのだ。

 かすかに残っていた光が消えて、また廊下に漆黒の闇が戻ってきた。


「小僧……大丈夫か……」

 野太いカルロスの声で、コウセンはうっすらと意識を取り戻した。

 だが、暗闇の中ではその姿は見えない。

 カルロスは、コウセンの無事を確かめるかのように声をかけ続けていた。

「よく頑張った……あとはワシに任せておけ」

 コウセンは、おぼろげな意識の中でカルロスに告げる。

「カルロスさん……気を付けてください……あのオカマ野郎……この暗闇の中でも俺たちの場所が分かるんですよ……」

「そうか……よくぞ、教えてくれた」


 ケケケケッケケ

 さきほどから、ブチ飛ばしたはずのオレテガが笑い声とともに暗闇の中を移動していくのが感じられた。


 がキーン!

 飛び散る火花が、廊下の壁に一瞬カルロスの影を映した。

 そう、カルロスが構える円刃の盾をオレテガの舌がかすめたのだ。


 ――なるほど……奴は、こちらの姿が見えるというのは本当のようだな……

 円刃の盾を低くかざし身を守る。

 ――だがしかし、奴はどうしてワシの場所が分かった?

 いや、それよりも気になるのは、初撃の時である。

 消えゆく光の中でカルロスは見たのだ。

 今にもコウセンを襲おうとしていたオレテガが、明らかにカルロスに目標を変えたことを。

 ――なぜ?

 そこに、オレテガ攻略の鍵がありそうだ。

 ――あの時、ワシは……そうか! そういうことか!

 そう、あの時、オレテガは魔装装甲をまといしタイミングで襲ってきたのだ。


 奴は第三世代。

 第三世代、それは魔物の感覚器を人間の体に融合したものである。

 ということは、答えはおのずと見えてくるのだ。


 ――熱か……

 カルロスが魔装騎兵になる際に発した熱量に、オレテガは素早く反応したのだ。

 それはおそらく、死にかけのコウセンと比較すると、かなり明るく映ったことだろう。

 ということは、この廊下が暗いのもうなずける。

 そう、奴は、高温のたいまつがあると、それよりも低い温度の人間が見えないのだ。

 だから、奴は廊下の松明を消していったのにちがいない。


 ならば、この廊下の松明をつければ奴の感覚を封じることは可能というわけだ。

 だが、真っ暗なこの状況で、松明をつけて回るのは困難。

 まして、暗闇の中で移動できるオレテガを相手にしながらである。

 ならば、自分がオレテガを引き付けて、その間にコウセンに火をつけてもらうのはどうだろうか?

 だが、おそらくコウセンはもうすでに、動く事すらままならないのだろう。


 ――ちっ……奴のタネが分かったところで、どうしたモノか……

 円刃の盾の背後でカルロスは唇をかみしめながら、静かにオレテガの気配を伺っていた。


 そんなカルロスの鼻を、先ほどからなにか生臭い花のような香りがかすめていた。




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