第477話 スネークホイホイ作戦(4)


 では、問題の残り一つの頭はどこに向かったのだろうか?

 ゴールに向かうハヤテ?

 コースを逆走するタカト?

 グレストールがレースに勝つという目的を理解していれば、当然、レースに参加しているハヤテを阻止するはずなのだ。

 しかし、奴はヘビ!

 しかも、一匹の蛇の知能を3つの頭に分けた蛇である。

 要は、一つの頭は通常の蛇の三分の一の知能しか持たないおバカさんなのである。

 目の前に生気を宿したイキのいい脳を持つ人間が走っているのを見ると、当然、おいしそうに見えたのだ。

 仕方ないよね……

 残る一つの首は、逆走するタカトを追いかけていた。


 グレストールの大きく開いた口がタカトを襲う。

 もう恐怖のために足がもつれるタカト君。

 思うように走れない様子。

 すでに半分、腰が抜けているのだろう。

 へっぴり腰で走る姿は、どこか滑稽である。

 しかし、今はそんなことを言ってられない。

 振り向く頭上には、そのタカトを丸のみせんとグレストールの大きな口が開け広げられてよだれをポトポトと垂らしているのだ。

 ――なんで俺なのよ……ここは普通ハヤテの方だろう……この蛇はバカなのか?

 二つの大きくとがった白き牙が異様に輝いて見える。

 タカトの目にはだんだんと大きくなってくる生々しい赤い色が、その表面をぬめらし奥の黒い穴へと周りの肉をうねらせているのがよく見えた。

 あっ、喉の奥に先ほど食ったと思われる人間の手が……

 どうやら、これは先ほど飲みこんだゴリラの騎手の奴隷の手。

 ――こいつ! 食いすぎやて!

 って、そんなことに突っ込んでいる場合ではない!

 グレストールが落とす影が、タカトを包み始めた。

 ――俺……終わった……

 タカトは、泣きながら笑った。

 いや、笑うしかできなかったのである。


 タカトめがけて勢いよく落下するグレストールの頭。

 その頭は、ドンと言う音ともに地面に突っ込んだ。

 土煙を上げるトラックの表面。

 そんなに勢いよく突進せんでも……

 ケツを地面につけていたタカト君は、腰を抜かしていた。

 両の手で体を支えながら天を仰ぐその顔は、横目でグレストールの頭を確認する。

 タカトの本当にすぐ側。

 そんな側にあるグレストールの大きな目とタカトの目が合った。

 愛想笑いをするタカト。

 へ……へ……へっへへ……

 というか、あれ……タカト君、無事だったの?

 という事は、グレストールの頭は一体どこに突っ込んだのでしょう?

 そう、グレストールはタカトを外れて、すぐそばの地面にめり込んでいたのだ。

 タカトが食われそうになった瞬間、何かがグレストールの横顔に突っ込んだ。

 その勢いによってグレストールの口先は方向を変え、タカトから逸れたのであった。

 そんな呆然とするタカトの前には、ハヤテの姿。

 低いうなり声をあげるハヤテは、前足を踏ん張り、鼻すじにしわを刻みながらグレストールの頭を威嚇していた。


 ハヤテは、当初の作戦通りゴールを目指した。

 ハヤテがゴールすれば、この魔物バトルは終了なのである。

 だが、残ったグレストールの首は、ハヤテを追ってこない。

 ということはやはり、人間であるタカトを狙ったか……

 ハヤテは思う。

 仕方ない……仕方ない……仕方ない……だが……

 一瞬、ハヤテの目に観客席で応援するビン子の姿が映った。

 心配そうにタカトを見つめるビン子。

 もし、このままタカトがグレストール喰われでもしたら、ビン子はきっと悲しむのだろう……

 自分に向けてくれる笑顔は、もう、戻ってこないかもしれない。

 クソっ!

 そう思った時にはハヤテの体は反転し、一つの風になっていた。


「ハヤテ! 戻ってきてくれたのか!」

 涙目のタカトは、歓喜の声を上げる。

 ハヤテは、グレストールから目をそらさない。

 ――俺もばかだな……俺自身がホイホイと戻ってくるなんて……

 せっかくのチャンスだったのだ。

 優勝する、いや、生き残る最後のチャンスだったのだ。

 それを、ハヤテ自らの手でふいにしたのだ。

 そして、今、グレストールに投げた撒き餌もまた、食い終わろうとしていた。

 三つの口が自由になれば、もう、ハヤテに打つ手はない。

 万事休す……


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