第252話 ピンクのオッサン(5)

 数年前まで、ゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフは、地下格闘場で、拳一つで戦い続けていた。賭け事の対象であった地下格闘界。大金が一夜にして乱れ飛ぶ。

 そして、クライマックスに登場するのが、負け知らずの男、チャンピオン! ゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフであった。


 リングにさっそうと登場する一人の男。逞しい体は、その強さの象徴。無骨な角ばった顔は、厳しさの象徴。スキンヘッドの頂点に少々残った髪が鶏のトサカのように逆立っている。その登場と共に会場には割れんばかりの歓声がとどろいた。ゴンカレエはリングの中心で拳をあげる。傷だらけの拳を天に掲げ人差し指を突き上げる。その瞬間、熱気は最高潮に達していた。


 観客の皆が、負け知らずのゴンカレに大金を賭けていた。そのためゴンカレエのオッズは、あまりに低くなりすぎて賭けが成立しないほどであった。


 闘技場の女オーナーは考えた、これでは面白くないわ!


 こんなのエンターテイメントとしては最低よ!

 凛と引き締まった女オーナーの唇が強くかみしめられていた。


 ならばと、ゴンカレエの対戦相手をどんどんと強くしていったのだ。奴隷兵が、猛獣に変わる。猛獣が魔物に変わる。そして、ついには魔物は魔人へと変わっていた。ゴンカレエは、その魔人相手に拳だけで闘わされていたのだ。魔装騎兵が武器を持って互角に戦う魔人たちである。コウケン達のような万命拳の達人であっても命を削って戦う相手なのである。ゴンカレエはそんな武術は心得ていない。常に、己が拳一つで闘った。常に傷つき、血まみれのゴンカレエは、必死で闘った。ギリギリの勝負。観客は沸きに沸いた。


 リングに横たわる魔人の体。その横に拳を構えるゴンカレエ。すでにゴンカレエの顔は腫れあがり、片目が見えていない。それでも歯を食いしばり拳を構える。ふらつく足に懸命にリズムを刻む。体の上下と共に、血がリングに飛び散っていた。満身創痍。まさにそれが適当な体である。

 魔人が、膝をつき立ち上がる。ワシの頭をプルプルと振るう。さも、効いていないと挑発するかのように立ち上がった。それを合図にするかのようにゴンカレエが踏み込んだ。しかし、魔人の方が動きが速い。ゴンカレエの下に潜り込んだワシの魔人の爪が地面から立ち上るかのように突き上げられる。ゴンカレエは上体をひねる。顎から鮮血が飛び散った。ゴンカレエの眼前をすり抜けていく魔人の爪。その刹那、ゴンカレエの右パンチが、リングをこする。天井のライトへと突き上げられるゴンカレエの右拳。その先に、仰向けに吹き飛ぶワシの魔人。大きな音と共に、ワシの魔人がリングに沈む。

 

『カン! カン! カン! カン! カン!  試合終了! 試合終了!』


 ゴングがけたたましく鳴り響く!


 リングそばの実況者も興奮が収まらない。

「ガッチュさん! いい勝負でしたね!」

「そうですね。ゴンカレエの圧倒的なパワーの勝利です! いやぁ! いつ見ても凄い! この一言です!」


 ゴンカレエは、右手を突き上げ誇らしく天を仰ぎ見る。

 そして、まるで、ライトの光をつかみ取るかのように、大きく開いた右手を、もう一度、力強く握りしめた。

 その瞬間、ひときわ大きな歓声が上がった。


 ゴンカレエは、今までの何百試合を一度も倒れることなく、勝利し続けていた。何が、彼をそこまで駆り立てていたのであろうか。


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