第253話 貯蔵室(1)

 話戻って貯蔵室。

 カルロスは、興奮した様子で、ゴンカレエ、もといピンクのオッサンの手を握っている。

「あの英雄にここでお目にかかれるとは」

 いやぁ、地下闘技場って、その名前から考えても、違法性が高いような気がするのですが……

 というか、実際には、賭け事は、風紀の乱れの原因として、取り締まりの対象であったのだ。しかし、そうはいっても、奴隷たちに娯楽を与えないと、反乱がおきる。そのため、このような地下闘技場は、暗黙の了解として、通常運営されていたのである。

 その証拠に、神民であるカルロスも、その闘技場に足繁く通っていたようである。でなければ、このカルロスの興奮。格闘技界のトップアイドルにでもあったかのような、このはしゃぎようはあり得ない。


「ぜひ! この胸に、張り手を一発!」

 カルロスは、自分の服をまくり上げると胸をさらけ出した。

 いやぁ……おっさんのおっぱいを見てもうれしくないぞ……

 というか、なんなのこの変わりよう……


 ピンクのオッサンも困っているではないか

「いやぁ……ワタジ……もう、そういうのじゃないから……」

 そういうのじゃないって、過去の方がいいような気がするのは気のせいか?


「そこを何とか! 気合一発胸ビンタ! お願いしゃあああす!」

 カルロスが、胸をめくりながら頭を下げた。


 周りを取り巻く囚人たちの目の前で、深々と頭を下げたのである。

 あの名将カルロスがである。

 今、皆のなかのカルロス像が音を立てて崩れていく。


「やめてくだざい!」

 ピンクのオッサンの掌底が、カルロスの胸を突き飛ばした。

 まぁ、カルロスさん、ちょっとしつこいわな……

 だが、その掌底でカルロスは沈黙した。

 おとなしく引き下がったのだろうか。さすが、大人。

 これが、カルロスが言う胸ビンタと言うやつなのか。


 いや、そうではない、牢屋の奥の白い壁にカルロスがめりこんでいた。

 カルロスを中心として白い壁に無数に走る黒い亀裂。

 ピンクのオッサンの掌底で、カルロスが吹っ飛んでいたのである。

 カルロスの胸には赤い手の跡がくぼみを作っていた。

 あれは……肋骨、何本か折れたな……

 白目をむくカルロス。

 チーン!


 コウスケが、落ちている眉ペンをとって、紙にピンクのオッサンの名前を書いた。

 ゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフっと……

 コウスケ君、意外に冷静ね。うん、いいことだ。

 だってもう、カルロスさん、役に立たないから仕方ない。

 さて残るは、タカトとビン子の二人であった。

「おーい! タカト!」

 コウスケは、大きな声でタカトを呼んだ。


 廊下から、無事タマを見つけたタカトとビン子が顔を出した。

 顔が引きつる二人。

 まぁ、仕方ない。

 目の前の壁には、めりこんだカルロスが白目をむいているのである。

 一体何がおこったのか分からない二人は恐怖しかない。

「何がおこったんだよ……カルロスのおっちゃん死んでるじゃん……」

 タカトは絶望した。

 貯蔵室から出た後は、カルロスの後ろに隠れていれば大丈夫と思っていたのだが、そのカルロスが白目をむいて気絶しているのだ。


 ――もう、あかん……

 タカトは力なく膝まづいた。

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