第74話 タカト!大ピンチ!(3)

 いてぇ!

 しかし、不格好ながらも万命寺で習った受け身をとり、後頭部への直撃は避けた。


 尻もちをついているタカトに豚が襲い掛かる。


 おわぁっぁぁぁ……


 立ち上がる暇もなくバタバタと慌てふためきよけるタカト。豚の牙はタカトをかすめ、地面をまっすぐにえぐりとった。


「ひぇぇぇっ! この豚、普通じゃないぞ」


 振り返る豚。その目から発せられた緑の視線がタカトを貫く。

 目の前の豚は魔豚のダンクロールであった。


「ま・も・の……」


 固まるタカト。タカトの頭が、現状の状況を分析する。


『非常に危険!非常に危険!』

――そんなことは分かってんだよ。おれ、生きて帰れるの?


『生存確率0.01%』

――あかん、これは、あかん奴やて……


 ダンクロールが前足をこすっている。そして、タカトめがけて突進してきた。

 何も考えずに、とにかく逃げ回るタカト。

 タカト君、こんな魔物一匹に逃げ回っていて大丈夫なのか。家族の仇である獅子の魔人をやっつけるんじゃないのかい。って、マジで、今のタカトはそれどころではないようだ。本当にどうすんだよ……お前。



 ビン子はその様子を見るや否や、権蔵に助けを求めるために森に駆け込んでいった。

 しかし、獲物を追い森に深く入りすぎていたため、権蔵がいる方向が分からない。


「どうしよう……」

 焦るビン子。その顔はすでに半分泣いている。


 焦りが焦りを呼び、森がさらに渦巻いていく。どちらの方向に進めばいいのか分からなくなったビン子は、ついに泣きだし足を止めてしまう。


「わかんないよ……」

 その場にうずくまるビン子。

 ポケットの中から、一本のがこぼれ落ちた。


「バナナ!?」


 泣きべそをかいていたビン子はそのバナナを拾い上げると、そっと耳に当てる。


『……馬鹿もの……』


 とっさに、ビン子は開血解放し耳に強く押し当てる。


『あのドアホが! どこまで行ったんじゃ。帰ってきやせん。また、さぼりおって。』


 バナナから権蔵のが聞こえる。

 とっさに立ち上がるビン子。

 『恋バナナの耳』から聞こえる権蔵の声が大きくなる方向に、ひた走る。

 そして、ひた走る。

 もう、その走るビン子の目からは涙が消えていた。




 ダンクロールから逃げ回っているタカトは、ついに崖へと追い込まれた。

 右も左も逃げ道がない。

 ダンクロールの口元がうっすらと微笑んだようにタカトには見えた。

 カマキガルの鎌を融合した小剣を開血解放し、をダンクロールに向け威嚇するタカト。しかし、その短剣は小刻みに震えている。


――まずい……これは非常にまずい。このままやられたら、俺のエロ本コレクションがそのままになってしまう。せめて、あれを処分してからでないと……


 悩むところはそこなのか! お前の覚悟はその程度か!

 技術系オタクの雰囲気丸出しのタカトは、すでに涙目である。タカトが構える融合加工で鍛えた小剣が、小刻みに震えている。眼前には、豚の魔物が緑色の鋭い眼光を飛ばし、鼻息を荒くしている。


――あぁ、天地創造の神様! せめて、あの巨乳の歌姫アイナちゃんの本だけでも、天国に持って行くことは叶いませんでしょうか……


 半ばあきらめの境地のタカトは、日頃、ビン子と言う神をないがしろにしているくせに、この時ばかりは真剣に願った。まぁ、内容はというと、タカトなりにまじめに考えてのことのようだが。しかし、どうして自分が、天国に行けると思えてしまうのか、日頃の行いを顧みろと周囲の声が聞こえてきそうなのは、なぜなのだろう。


――いやいや……俺、童貞だぞ、それどころか、おっぱいすら揉んだことないんだぞ!


 豚が頭を下げ、力を貯める。地をこする前足が土ぼこりをたてた。


――それでいいのか、いや、いいはずがない。


 震えを抑え込んだ小剣が、豚をまっすぐにとらえた。それを合図とするかのように、豚が嵐のごとき土ぼこりを立て、勢いよく突進してくる。

 タカトの目が力強くダンクロールをにらむ。


――やっぱ……無理!


 目を閉じあきらめたタカトは、明らかに気を失った。


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ダンクロールの挿絵を近況ノートに掲載しました。

https://kakuyomu.jp/users/penpenkusanosuke/news/16816452221415555005

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