第116話 凋落のエメラルダ(8)

 カルロスは、第六の門の宿舎で、エメラルダ逮捕の情報を集めていた。しかし、集めれば集めるほど、しっくりこない。疑念だけがさらには渦巻いていった。


 隊長室のドアが、いきなり開く。

 外から数人の神民兵らしき男たちがなだれ込んできた。


「何のようだ!」


 慌てる様子もなく、カルロスが男たちを睨み付ける。

 男たちの後ろからジャックが現れた。


「これは、カルロス隊長どの!」


 ジャックがあからさまに馬鹿にしながら敬礼をした。


 もと!?


 とっさに、カルロスは、その一言に違和感を感じた。


「第一の魔装騎兵どのが、いかようか?」


 カルロスは、その違和感に従い、ジャックを刺激せぬように静かに尋ねたつもりであった。

 しかし、明らかにジャックはカルロスの冷たい視線に動揺していた。

 動揺を隠すかのように隊長室をキョロキョロと見渡す。

 まるでこの部屋が自分好みではないようで、あれこれいじっている。


「いやぁ、これからは俺たちがこの宿舎を使うことになったんですよ」

「そんな話は聞いておらんが」


 カルロスは微動だにせず、ジャックを睨み付ける。

 ジャックは自分に暗示を書けるように何かをブツブツ呟いている。

 大きく深呼吸し、意を決したジャックは、カルロスの前まで来ると、机の上に命令書を叩きつけた。


「だから、今伝えているんだよ! ジジイ!」


 しかし、少々声が上づっていた。

 歴戦の勇者であるカルロスは、静かに命令書に目を通す。


「この命令書には、現時点をもって第六部隊は解散の上、第一部隊にすべてを引き継げとあるが」

「ボケたのか? その字面通りだよ!」


 カルロスの視線に少々ビビるも、力強く顔を近づけた。

 カルロスは静かに書類を机に置いた。

 命令書は、本物のようである。

 しかし、解せない。


「このような内容、エメラルダ様が、お認めになるわけなかろうが」


「ジジイ! 何にも知らないのか! エメラルダは、もう騎士じゃねえよ!」


「なんだと!」


 驚いたカルロスが、立ち上がる。


「裁判の結果、騎士の刻印を剥奪。新しい騎士が任命されたんだよ!」


 はっと気づいたカルロスは、自らの胸にあるはずの神民の刻印を探した。

 しかし、どこにも見当たらない。力なく椅子に腰を落とす。

 エメラルダの神民の刻印が消えているということは、エメラルダが騎士の刻印を失ったことを証明していた。

 ジャックが、カルロスの髪を鷲掴みにし、椅子から引きずりおろした。


「おいおい、お前は、もう、ただの一般国民なんだよ! 神民様の椅子に偉そうに座ってんじゃねえよ!」


 力が抜けたカルロスは、一気に老け込み力ないように見えた。


「第六のキーストーンの守護はどうするのじや!」


「知らねぇ」


 ジャックは、椅子に腰掛け、座り心地を確かめるようにクルクル回っている。

 カルロスは、あわてて立ち上がると、部屋の外に駆け出そうとした。


「ジジイ! 門内には、入れないぜ!」


 ジャックが意地悪そうに微笑む。

 振り返るカルロスは悲壮感に包まれていた。


「お前! 駐屯地の兵士たちを見捨てるつもりか」

「何をそんなに慌てる必要がある? 一般兵と奴隷兵だけじゃないか」


 突然、第六の門の警鐘が鳴り響く。


「どうやら、早速、おいでなすったか」


 ジャックが立ち上がり、窓から見える第六の門をにらむと、ドアの近くの神民兵に命じた。


「第六の門を閉鎖! 絶対に何があっても開けるなよ!」


「御意」

 男たちが部屋から駆け出していく。

 警鐘にさらに焦るカルロスは、ジャックに詰め寄る。


「お前! 状況を理解しとるのか? 今、第六の門内のフィールドはすべて魔人国のものだぞ!」


「だから?」


「騎士の盾を持つガメル一人に駐屯地は壊滅させられるんじゃぞ!」


「分かってるよ。だいたい俺たちは、第一の神民だぞ。第六の門内に入ってもしょうがないだろうが。バーカ」


「うっ……!」

 声をつまらせるカルロス。

 そんなカルロスを見るジャックは明らかに楽しんでいる。

 歴戦の勇者として名を馳せたカルロスが、自分の目の前でオタオタしている。

 ジャックが、新人当時、あれほど恐怖した魔装騎兵の勇者がである。


「まあ、キーストーン奪われても、俺たちの責任じゃないしな」


「新しい騎士はどうした!」


「さぁな。新しい騎士様は神民を一切持たないだってよ」

 ジャックは大笑いする。

 カルロスは、壁をおもいっきり殴り付けた。壁から一筋の赤い血がながれおちた。

 今までの自分たちの努力は何であったのだろうか。

 志半ばで倒れた仲間たちの犠牲は何であったのだろうか。

 カルロスの目から涙が落ちる。


「その騎士は、バカなのか! 騎士の役割を放棄するのか!」


 ジャックは、チラリとカルロスを伺うと、椅子に腰掛け、両足を机の上に投げ出した。


「ジジイ! 荷物まとめてさっさと帰れ。せっかく拾った命だ! あとは、好きに生きろ」


 一気に老け込んだカルロスは、力なく部屋から出ていった。

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