第404話 獅子の魔人と蝶の魔人(2)

 ――何ですとぉぉぉぉぉぉぉ!

 タカトは心の中で、思わず叫んだ。

 せっかく野球のバットの中心で、手がかかりというボールの真芯をとらえたと思ったのにもかかわらず、そのボールが、実はウニでしたと言う感じ!

 なんじゃそれぇぇぇぇぇ!

 タカトの全身に、バットで粉々につぶれたウニの中身が飛び散るような、そう、何か得体のしれないものが、全身にぷつぷつと泡立つような衝撃を感じた。

 うーん、意味が分からないが、それぐらいタカトには衝撃的だったのだ。

 ――もしかしたら、アイツの事、姉ちゃんかと思ったのに……

 だが、仮に、あの女が姉だとしたら、仇である魔人と一緒にいるわけがないのだ。

 どんな理由が有れば、一緒に居られるというんだ。

 あの魔人は、父さんの頭をかみ砕いた魔人だぞ。

 ということは、やはり、あの奴隷女は姉でも何でもないのだ。

 せっかく信じていたのに、裏切られたような感覚だった。

「くそ、あのウニ女、獅子の顔をした魔人の仲間だったのかっ! 騙しやがって!」

 いや、なにも騙してないと思うのだが……


 エメラルダは、タカトの取り乱しように、ディシウスが何者なのかが気になった。

「そのディシウスとは、いかなる魔人なのですか?」


「ディシウス……あいつは愚直な小僧よ……今でも愛する女を救おうともがいておるわ」

 ミーキアンはまるで自分の身に起こったことを思い出すかのように寂しそうな目をしながら静かに話し始めた。


 ディシウスは魔人の中では魔人騎士にも劣らぬ強さを有していた。

 しかし、どの騎士の神民魔人にも属さない。

 そう、誰からも束縛されない自由の身である。

 その自由を手放すまいと、一般の魔人の身分のままいたのかもしれない。

 そんなディシウスの事を、気まぐれ者と呼ぶ者も多くいた。

 つかみどころのない性格。

 気分がのらないと、戦場には姿を見せない。

 その強さの割に、向上心と言うものが全く見られないのだ。

 ただ一日、雲を眺めていられたならばそれでいい。

 そういうやつだった。

 そのため、ディシウスに話しかける者など、めったにいなかった。


 川原の土手で寝転び赤き空を眺めるディシウス。

 その空には、鼠色をした雲がゆっくりと流れていく。

 頭の後ろに手を回し、何をするでもなく、ぼーっと眺めている。

 ふと、寝転ぶディシウスの頭の上から女の声がした。

「何を見ているの?」

 ディシウスは、目だけを動かし、頭の上の声の主を確認した。

 そこには、覗き込むように身を乗り出す女の姿があった。

 透き通るような白い肌が、夕陽に赤く染まっている。

 妖艶な紫色の長い髪がまっすぐに垂れ落ち、ディシウスの獅子の顔をかすめていた。

 うつむく顔には、緑色に輝く瞳が意地悪そうにディシウスを見下ろしている。

「ソフィアか……いや、雲を見ているだけだ」

 そういうと、ディシウスは、再び、雲の流れに目を移した。

「ふーん」

 ソフィアが、ディシウスの隣に膝を立てて座った。

 背中から生えている蝶の羽が、ゆっくりと左右に動いている。

 ソフィアは、土手に手をつき、空を見上げた。

「今日は、やけに夕日が赤いね……」

「あぁ……そうだな……」

 ディシウスにとってはいつも通りの夕日にしか見えない。

 特に今日の夕日がとりわけ赤いというわけではなさそうだ。

 しかし、ディシウスはソフィアの言葉に合わせた。

 なぜなら、ソフィアの蝶の羽が、動きを止め、ゆっくりとその先端を地面へと垂れ落としていたのだ。

 力ない蝶の羽が、まるでマントのように静かに、地面に垂れていた。


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