第540話 エスパー?

 そんな夜更けに沸き起こった騒動に驚いたのはタカトたちも同じだった。

 一体なにごと?

 布団の上で飛び起きたタカトとビン子は、互いの顔を見合わせていた。


 だが、屋敷の奥に位置するこの客間からでは、その騒動の様子が今一分からん。

 二人は月明かりで白く浮かび上がる障子をそっとあけ、暗い廊下に踏み出した。


 廊下の木目に二人の影が忍び足。

 玄関まではこの長い廊下の先を曲がって曲がって、さらにまた曲がらなければならない。


 だが、今の時刻は夜更け。

 廊下の行く先は、暗闇の中に溶け込んで、あまりはっきりとよく見えなかった。


 本来なら皆、寝ている時間。

 今時分に長い廊下を照らす明かりなど、ついていなかったのだ。

 中庭の上から差し込む月明かりだけが唯一の光。

 そんな月明かりが廊下の端をほのかに薄青く照らしていた。


 誰もいない廊下を二人の足がミシミシと小さき音を立てながらゆっくりと進んでいた。


 ドン!

 いきなりタカトの顔面が、黒い何かにぶつかった。

「イテテテテ」

 ――柱にでもぶつかったか?

 鼻をこするタカト。


 だが、なんということでしょう! 柱が急にしゃべりだしたではありませんか。

「すまん! すまん!」

 柱と思っていたのは、どうやらどうも男の人影。

 しかも、この声……どこかで聞いたことがあるような……ないような……


 タカトが見上げた暗闇には月明かりに照らされたカウボーイハットが浮かび上がっていた。

 帽子だけに、ハットするタカト。うまい! お布団一枚! って違うわい!


 このカウボーイハットのオッサンには見覚えがある。

 いや、知っているオッサンより、ちょっと若いが確かに見覚えがある!

 今までさんざんエメラルダの黄金弓を狙っていたコソ泥野郎に間違いない!


 とたん、タカトは大声を上げた。

「お前は! こそ泥棒野郎! また、エメラルダの姉ちゃんの黄金弓を盗みに来たのか!」


 オッサンの肩に担がれた大袋がビクッと揺れた。

「えっ! なんで俺が黄金弓を狙っているって知ってんの?」


 月明かりの中、オッサンは声の主の顔をしっかり見ようと目を凝らした。

 だが、どうにもこの少年には見覚えがなかった。

 どう考えてみても、このアホ顔は初見である。


「これでも記憶力はいい方だと思っていたんだけどな……もう、年かな?」

 オッサンはカウボーイハットごしに頭をかいた。


 だが、腑に落ちないのはこの少年の言ったこと。

 ――どうして、こいつは、俺がエメラルダの黄金弓を狙っていると知っているのだ?


 騎士であるエメラルダから黄金弓を盗み出すのは非常に難しい。

 だからこそ、今は念入りに下見をして、盗み出す機会をうかがっている段階なのだ。

 ――誰にもしゃべっていないはずなのに……もしかしてこいつ、エスパーとかか?


 オッサンの瞳には少々恐怖の色が浮かんでいた。

 まるで自分の心を見透かされているような、そんな恐怖である。

 ――まさか……俺の娘の事も勘づいているわけではないよな……


 タカトは口の脇に両手を当てて大きな声を上げた。

「皆さん! ココにこそ泥野郎がいますよ! こそ泥野郎が!」


 だが、反応がない……

 だれも、この現場に駆けつけてくる気配を見せなかった。

 不思議そうに廊下の奥を伺うタカト。

 ――あれ……誰も来ない……どうしよう……


 これを聞いたオッサンは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 先ほどまで浮かんでいた未知への恐怖は、ほぼほぼ和らいでいた。

 ――どうやらコイツ、俺の心を読めるわけではなさそうだな……


 その安堵感は、オッサンの口を少々饒舌にさせた。

「無理だって! 今頃、この家の住人たちはヒマモロフの種を守るのに躍起になっているからな」


 金蔵家の住人たちは玄関先で大喧嘩を繰り広げている最中なのだ。

 ハッキリ言ってそれどころでなかった。

 そんな騒動の中、タカトの小さき声なんぞ金蔵家の使用人たちの耳に届くわけもない。


 だが不思議なのは、このカウボーイのオッサンがその事実を知っているという事だ。

 もしかして、ルイデキワ家と一緒に殴り込んできたのだろうか?


 いや違う。

 そうであれば、誰かがこのオッサンを追って来てもいいはずだ。


 そしてなによりも、オッサンが現れた廊下は玄関にはつながっていない。

 という事は、オッサンはルイデキワ家とは別の所から侵入してきたという事だろう。


 先ほどから嫌な予感がするタカトは、オッサンの動きを見逃すまいと強い視線で睨み付けていた。

「お前……なんでそんな事……知っているんだよ……」


 そんなタカトの言葉を聞くオッサンは確信した。

 ――俺がエメラルダの黄金弓を狙っていることを、どうやって知っていたのかは少々気になるが、コイツが俺の心を読めるというのは完全にありえない。

 オッサンの笑みは、さらにいやらしさを増していく。

 ――なら、俺の娘の事も知るわけがない。なら、娘は安全だ!


オッサンは得意げに胸を張って、親指で自分の顔を指した。

「えっ! そんな事だって? バカだな、そんな事を仕掛けたのは俺なんだよ! 俺!」


「それは……どういうことだよ」

理解が追いつかないタカト。


「分かんない? にぶいなぁwww」

 そんなオッサンの言葉を聞くタカトの拳がプルプルと震えていた。


「俺がな、ちょっと欲どおしいペンハーンのおばはんの色目にかかったふりをしてな、今日この家のお宝が狙い目だって教えてやったのよ!」

 この騒動はどうやらカウボーイのオッサンの策略だったようである。


「騒ぎがおこれば、袋一つなくなったぐらいではすぐには分からないだろ?」

「という事は、その背中の袋は……」

「さすが察しがいい! これね、騒ぎが起こる前に一つ拝借してきたのよ!」

 カウボーイハットのオッサンは肩に担いだ大袋を一つよいしょと担ぎ直した。


 オッサンを睨み付けるタカト。

 金蔵家の使用人たちの助けは期待できない。

 ならここは自分の手で、このコソ泥を何とかしないといけない。

 タカトは、ズボンのポケットからスパナを取り出し身構えた。


 っ! ナ?


 なんでスパナ! スパナなんてなんに使うんだよ!

 そう、武器を持たぬタカト君、頑固おやじ印のスパナで戦う気のようである。


「お前! ヒマモロフの種なんてなんに使うんだよ!」


 もしかして、コイツはヒマモロフの種を裏ルートで売りさばく売人か何かなのだろうか?

 そうであれば、国の中にヒマモロフ中毒の人間が増えることを意味する。

 そんな事、させていいのか? いいわけないだろ!

 スパナを握る手に力がこもる。


 だが、おっさんはバカにするかのように答えた。

「教えな~い! おじさんには、おじさんの都合ってものがあるんだよ~」

「お金か!」

「お金よりも大事なもの~」


 そう言うや否やカウボーイのオッサンは、タカトの横をすり抜けて中庭の奥へと廊下を一気に走り出した。


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