第452話 人食いの少女(5)

 エメラルダは、そのリンの様子を見るとにっこりと微笑んだ。

「ふふふ……人を食う悪鬼が、まさかただの奴隷兵とは。奴隷兵にさんざんコケにされていたって知ったら、レモノワは怒り狂うでしょうね」

 確かに、もしエメラルダが聖人国の騎士という身分であれば、人を襲うリンと言う存在は許しがたい。

 だが、今のエメラルダは、すでに騎士の身分をはく奪され、アルダインによって凌辱を受けた上に罪人に落とされた身分である。

 聖人国に対して何ら義理を感じることはなかった。


 だが、解せない。

 たかが一奴隷兵が、レモノワの部隊を全滅させることができるであろうか。

 仮に神民魔人のミーアと共に行動していたとはいえ、所詮、リンは人間だ。

 しかも、何のとりえもない奴隷兵である。

 たまたま一回、部隊を全滅させたという話であれば、ラッキーパンチということもあるだろう。

 もしかしたら、実はもっと仲間がいてレモノワの部隊を全滅させたのかもしれない。

 そして、レモノワを威嚇するために、わざと少女二人のいわくを喧伝させたという見方もできよう。

 だが、レモノワの部隊は何度も全滅の憂き目にあっているのだ。

 虎の子の神民兵までも繰り出して、全滅している。

 そのたびに、残された一人の兵士が、伝えるのである。

 二人の少女によって全滅させられたと。

 その噂はエメラルダの耳にも届いていた。

 もし、その噂が本当であれば、おそらく少女は神民魔人クラスであろうと誰しもが思った。

 というのも、魔人国につながる騎士の門は魔人国のフィールド内にある。

 すなわち、神民魔人であれば、神民スキルの「魔獣回帰」が使えるのである。

 それに対して、レモノワの部隊は、敵地のフィールドに入り込むため、神民スキルである限界突破が使えない。

 普通に考えれば、敵地側が有利なのだ。

 ただ、それでも数の理論から言えば、なかなか納得しずらいものがある。

 同数以上の魔人国側の兵士がいれば、この話にも真実味があるのだ。

 だがそれに反して、二人と言う話が何度も繰り返される。

 と言うことは、その2という数字は真実に近いのだろう。

 なら、考えられる結論は、その二人は神民魔人、しかも、かなりの手練れと見るのが筋なのだ。

 そんな手練れであれば、レモノワが苦戦するのも納得できる。

 誰しもが、そう思っていた。

 しかし、蓋を開ければリンは、ただの奴隷兵である。

 まして、その奴隷兵によってレモノワがさんざんコケにされていたのである。

 エメラルダは、可笑しくてしようがなかった。

 そう、エメラルダは気づいていたのだ、小門の中の暗殺部隊の動き。

 躊躇なくなんの関係もないスラムの人間を無慈悲に殺すことができるその性格。

 いや、それどころかそれを楽しむ素振りすら見せていた。

 そんな残虐非道なことができるのは、レモノワの手のものであることは間違いない。

 だが、その行為により今、自分は、このミーキアンの城にまで追いやられているのである。

 そのレモノワの部隊を全滅に追いやり、レモノワの評判を落としたという逸話が、こんな奴隷少女によってなされていたと分かると、少々エメラルダの溜飲も下がった。


 しかし、タカトを救ったリンの動きは尋常ではなかった。

 リンは、タカトたちからかなり遅れていたはずである。

 そう、エメラルダ達よりもさらに後方に位置していたはずなのだ。

 そんな場所から、一気にタカトの前にまで躍り出た。

 まるで、一之祐の騎士スキルである神速並みのスピードである。

 エメラルダは、問う。

「その速さ……人間のものではないわね?」

「そんなことはありませんよ。私はただの人間です」

「なら、どうして」

 リンはメイド服の胸元のボタンを外した。

 おっ! おっぱいを見せてくれるのですか!

 瞬時にタカトは、その胸元を凝視した。

 だが、リンの動きは半ばそこで止まる。

 そして、首元に手を回したかと思うと、胸元から一つのネックレスを引き出した。

「ミーキアン様からいただいた『羽風の首飾り』です」

 エメラルダの目がまん丸に大きく見開き驚いた。

「そんな高級アイテムをもっているの!」

 だが、エメラルダの驚きは仕方ない。

 この『羽風の首飾り』とは、身に着けたものの体重をはねのように軽くして、その移動速度を究極にまで高めるという超高級アイテムなのである。

 たとえて言うなら、エメラルダの天馬の黄金弓がアルティメットレアクラスなら、この『羽風の首飾り』スーパースペシャルレアクラスに相当する。

 そんなアイテムを一奴隷が持っているはずがない、いや、ミーキアンが惜しげもなく奴隷に与えるとは、とても考えられなかったのである。

 だが、事実、目の前のリンの首には、羽風の首飾りが輝いている。

 と言うことは、レモノワの隊とまみえた時も、身に着けていたのであろう。

 そこは、深き雪に足を取られる雪山。

 風に舞う羽のようなリンの動きを、誰も捕らえることができなかったのだろう。



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