第508話 続・この出会いなければ…(2)
遠くから、兵士の声がする。
「エメラルダ様! どこにいらっしゃいますか! 至急、駐屯地までお戻りください! エメラルダ様!」
その声に反応する黄金弓を持つ女。
そう、この女こそがエメラルダである。
第六の門の騎士であるエメラルダは、アルダインの依頼によって、駐屯地で治療薬を作成しに行くところであったのだ。
先行するカルロス達が、その準備に駐屯地に入った。
そんな時に、ヨメルの襲撃がおこったのである。
現場に駆けつけるエメラルダ。
辺り一面に残る毒の水たまり。
そこに見える輸送隊の多くは、瞬時に絶命していた。
おそらく、命あるものは、脇に見える森の中に逃げ込んだのであろう。
だが、この毒の散布状況。
命があると言っても、死にかけの状態にちがいない。
一刻を争う。
だが、エメラルダの目の前には魔人騎士であるヨメルの姿。
ココでヨメルを潰すか、それとも、人々を救いに行くか
しかし今、駐屯地から駆け付けたカルロスとジャックがヨメルを抑えている。
ならば!
エメラルダは、脇の森へと走り込んだ。
「エメラルダ様! どこにいらっしゃいますか!」
ガサガサと言う音が近づいてくる
エメラルダは、手を止めず、背中越しに褐色の女魔人に声をかけた。
「もう行け、後は私一人で大丈夫だ」
「ああ」
立ち上がる女魔人。
エメラルダはそんな女魔人を横目に問うた。
「私は第六の門の騎士エメラルダ。貴様の名は」
「ミーキアン。第三の門の魔人騎士ミーキアンだ」
そう言い残すと、ミーキアンは身にまとう天頂の羽衣さっとひるがえす。
空気を掴んだ羽衣が舞い上がると、ゆっくりとミーキアンの体を包み込む。
それに応じるかのように、ミーキアンの体が透けていく。
ついには見えなくなるミーキアンの姿。
エメラルダは、つぶやいた。
「そうか……お前が、ミーキアンだったのか……」
立ち上がったエメラルダは、すでに消えたミーキアンがいた風景に目を残す。
「せっかくあの子に教えてらったのに、やっぱりダメね……」
そこにはいつもの優しい笑顔を浮かべるエメラルダの姿があった。
すでに駐屯地内の毒消し傷薬と言ったたぐいの薬は枯渇していた。
そのために調合士として有能なエメラルダが直々に第一の駐屯地内で薬を作りに行くような状態になっていたのだ。
しかも、輸送隊が運んでいた薬類もまた、この襲撃により全て使えなくなっていた。
いくら薬学に長けたエメラルダといえども、薬が切れれば打つ手がない。
懸命の介護もむなしく多くのものの命が消えた。
また、生き残った多くのものも、魔の生気を取り込み人魔症にかかっている。
早く治療しなければ人魔症を発症する。
そんなことは分かっている。
だが、魔の生気を取り出す血液洗浄など、駐屯地か内地の宿舎にでも戻らないと施せない。
しかも、一度にこんな多くの者たちに同時に行うことはまず不可能。
なら優先されるは神民たちとなるのは自明の理。
傷ついた神民は、駐屯地と内地に急いで運ばれ治療を受ける。
だが、奴隷と言った身分には、その順番が回ってくることは絶対にない。
エメラルダのように、奴隷の命も神民の命も等価などと言ったバカげた考えはこの世界では稀有なのだ。
聖人世界において、奴隷の命は空気よりも軽い。
使い捨てである。
まして、ここは騎士の門内のフィールドだ。
内地にある人魔収容所などと言った隔離施設などありはしない。
しかも限られた人員で、この事態を対処しなければならないのだ。
ならば、取られる手段はおのずと決まる。
すなわち、人魔チェックによっての陽性反応がでた奴隷たちは、手間のかからない殺処分。
まして、ココは第一の騎士の門。
人魔症にかかった奴隷どころか一般国民までもが、その対象となっていた
魔装騎兵によって次々と奴隷と一般国民たちが殺される。
検査キットの結果を見た瞬間、首がとぶ。
悲鳴を上げる人々たちは、当然、人魔チェックを拒み逃げ惑う。
人魔症チェックで陽性が出れば、すなわちそれは死を意味する。
魔血がまき散る悲惨な戦場、自分が人魔症にかかっている可能性が高いのは猿でもわかる。
人魔症チェックなどウケることは自らが首を差し出すことと同義である。
人々は当然抵抗し、少しでも生き残れる可能性を求めて逃げるのだ。
もう、収拾がつかない。
ならば、どうする。
いや、簡単な事。
人魔症チェックを拒む人間は全て殺処分。
逃げ惑うものは人魔症に罹患したものとして首をはねよとの命令が下ったのだ。
辺り一面で繰り広げられる殺戮。
人が人を襲う。
しかも、第一の魔装騎兵たちは、それを面白がっているかのようにも思えた。
当然第一の神民であるジャックも剣を振っていた。
そんな中で、ジャックの心は壊れていったのかもしれない。
幸いにも、紅蘭は毒が残る体では逃げ惑うことができなかった。
横たわる体に衛兵が検査キットを押し当てる。
幸いにも人魔症にはかかっていなかったようであり、殺処分は免れた。
だが、ミーキアンの毒消しだけではヨメルの毒を完全に取り切ることができなかった。
それほどまでに強く複雑な毒だったのである。
そのため一般国民である紅蘭は、内地の病院へと運ばれることになった。
事態収拾後、ジャックは内地にいるアルダインにヨメルの言葉を伝えた。
そして、アルダインは事の詳細を確認する。
特にそのヨメルの言葉を誰が聞いたのかという事を念入りに。
そして、ジャックはヨメルを追い払った功績で駐屯地の守備隊長に任命されることになったのである。
こうして、ヨメルによる輸送部隊襲撃の事件は幕を閉じた。
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