第507話 続・この出会いなければ…(1)

 森の中で倒れる紅蘭は虫の息。

 見開かれている目もまた、その黒き瞳孔が散乱していた。

 そんな彼女を、何者かの手が抱き起す。

 抱きかかえらえた紅蘭の口角からは汚物の残りが垂れ落ちていた。

「死ぬな……」


 緑だった森が、今や黄色く色を変えていた。

 そんな茂みが、カサカサと乾いた音を立てた。

「その女から手を離せ!」

 その茂みをかき分け現れた一人の女。

 その女は、金色に輝く弓を引き絞り、紅蘭を抱く女魔人に狙いをつけていた。

 だが、その女魔人は背後から狙う弓の存在など、まったく気にしない様子。

 片手で紅蘭の口を開け、横に向ける。

 その様子に黄金弓を引く女は苛立ちを覚えた。

「聞いているのか!」

 女魔人は紅蘭の口に何かの液体を流し込む。

 しかし、すでに力の入らぬ紅蘭の体。

 口角から、液体がこぼれ落ちていく。

「死ぬな……」

「貴様! 何を飲ませた!」

 黄金弓をさらに引き絞り、声を張り上げる女。

 女魔人は、紅蘭の体をそっと地面に寝かすと、ゆっくり立ち上がり振り返る。

 褐色の肌の女魔人。

 その美しいボディラインを映し出す黒いタイトのドレスにはスリットが大きく口をひろげ、その間から細い太ももをのぞかせていた。

「心配するな、単なる毒消しだ。ただ、この毒はヨメルの毒……どこまで効くかか分からんがな……」

 切れ上がった目尻からのぞく美しい緑の目がつぶやいた。

 だが、その気配、タダの魔人ではなさそうである。

 黄金弓を引く女は、警戒する。

「お前は魔人騎士か!」

 だが、そんな言葉に耳を貸すこともなく褐色の女魔人は、紅蘭の夫の元へと近づいた。

 そんな女魔人の動きに合わせるかのように黄金弓に携えらた矢先が動く。

「ここは貴様たちのフィールドではない! 例え貴様が騎士であったとしても騎士の盾は役に立たん!」

 女魔人は、紅蘭の夫の側で膝をつくと、その体に手を当てる。

 そして、小さく呟いた。

「……すまぬ……」

 ――この女魔人は、なにに謝っているのだ?

「……愛する伴侶を残して行くことがどれだけ辛いことか……」

 女魔人は、夫の顔に手を当てると、そっとまぶたを閉じさせた。

 ――何をやっている、コイツは魔人だぞ……

 黄金弓を引く手に、迷いが生じた。

 今だ矢がつがえられている黄金弓。しかし、その張りが若干緩んだ。

 その横で、地面に横たわる紅蘭がゴボッと汚物を吐き出したのだ。

 ――生きているのか? 毒消しと言う話は本当か?

 黄金弓を引く女は尋ねた。

「魔人である貴様が、なぜ、人間を助ける?」

「命に区別などあるのか」

「そのようなことをよく言えるものだ。その姿、さんざん人を食ってきたのだろうが」

「そうだな。否定はしない。しかし、知恵を得たことにより命の尊さも分かるようになってきた。皮肉なものだ」

「その言葉を信じろというのか」

「別に信じたくなければそれでいい」

 すでに女魔人は、次の補給兵を抱きかかえ薬を飲ませていた。


 女は、黄金弓を降ろす。

 そして、すぐさま女魔人と同様に、毒によって倒れている輸送体の救護を始めた。


 そんな様子をちらりと見る女魔人の緑の瞳。

「そう言うお前も騎士ではないのか?」

 だが、今度は女が答えない。

「今なら魔人騎士を一人容易に殺せるのだぞ?」

 女魔人は、そう言いながらも身構える気配は見せない。

 それどころか、さらに毒に侵された別の人間に解毒薬を飲ませていた。

 たしかに、ココは第一の騎士の門。

 他の門の騎士にとってはフィールド外である。

 すなわち、騎士の盾が発動できないのだ。

「それは、私も同じこと……今すべきことは、一人でも多く、人たちを助けること……」

 倒れる男を抱きかかえ解毒薬を飲ませている女は、女魔人を見ることもなく答えた

「魔人である私に背を見せていいのか?」

「私を殺したいのか?」

「いや……」

 言葉少ない女魔人。

 そんな女魔人の様子を感じたのか、女もまた言葉少なく続けた。

「貴様……魔人にしては変わっているな」

「なに……私はこの戦いが不毛としか感じないだけだ」

「それは、私も感じている」

 懸命に作業する二人。

 だが、ヨメルの毒は強力であり、二人が持つ毒消しでは完全にその毒を消し去ることができなかった。

 だが、それでも助かる見込みがあるのなら。

 息のある輸送隊の人間を見つけては、毒消しを飲ませていた。


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