第158話 借金取りの少女(3)

 どんより曇った昼下がり。

 タカトとビン子は、第5の宿舎に依頼された道具を納めて家路についていた。

 タカトと権蔵の一心不乱の頑張りにより、どうやら納期には間に合ったようである。


 タカトの荷馬車が橋のたもとで急にその動きを止めた。


「あっ! お前は!」


 タカトは、顔をひきつらせた。

 荷馬車の前にすらりと立つ一人の人影。

 どうも、その人影は、コウスケではない。

 コウスケは、ビン子とお茶をして以来、どういう訳か姿を見せないのである。

 どうやら、その人影は女のようだ。

 借金取りの可憐な少女が微笑みながら立っていた。


 隠れていたのであろうか、土手の影から、裸エプロンの男も大儀そうに現れる。


 真音子は、微笑みながら、頭をゆっくりと下げた。


「こんにちは」


 頭を上げた真音子の顔は、満面の笑みであったが、目だけは笑っていなかった。


「今日は、道具の納品日ですよね。それでは、お貸ししたお金のご返済をお願いできますでしょうか?」


「なんで、俺なんだよ?」


 真音子は、不思議そうに首をかしげた。


「え? だってタカトさまが返されるっておっしゃいましたよね。それですので、連帯保証人としてタカトさまに請求させていただいているわけですが? 何か?」


 ――そうだった……


「お手持ちに大銀貨6枚お持ちですよね」

「どうしてそれを……」

「タカトさまのことなら何でも存じておりますわ」


 慌てたビン子がとっさに叫んだ。

「ちょっと待って! このお金でエメラルダさんの身の回りのものを揃えたいし……だから、お願い!」


 ちらりと真音子はビン子を伺う。

 しかし、その真音子の目は冷たい。


「そうですわね。いつまでも借り物の服だとさぞ、胸も苦しいでしょうしね」


 真音子は、手で口を隠し微かに笑った。

 なぜだか馬鹿にされたような気がしたビン子は、とっさに胸を押さえ、不機嫌そうな顔で真音子から視線を反らした。


「まぁ、私も女ですから惚れた殿方の前では、少しはおしゃれしたい気持ちも分かりますわ」


 ――エメラルダさん誰かに惚れてるの?権蔵じいちゃん? ガンエンのジジい?エメラルダさんて、もしかしてジジ専?

 いろいろと悩んでいるタカト。


「それでは、もう少し待たせていただきましょうか?」


 借金取りのほうから、このような提案が出てこようとは、驚きである。その証拠に後ろの裸エプロンの男が慌てて手を振り、言葉を遮ろうとしている。


「お嬢! それは! イテ!」


 男の足を真音子がおもいっきり踏みつけた。

 振り替える真音子の目が男をにらむ。

 極道さながらのその眼光は、すぐさま男を萎縮させた。


「待ってくれるのか?」


 嬉しそうに叫ぶタカト。


「タカトさまがお困りなのであれば」

 真音子は、タカトのほうに振り替える。

 その目は先ほどとは異なり、可憐な少女のようにニッコリと微笑んでいた。


「困ってる。困ってる。もう、めっちゃ困ってるって!」

「それでは、エメラルダさまのためと言うことで、今回も待たせていただきます」


 深々と頭を下げる真音子。


 ――この女。めっちゃチョロいぜ!

 馬鹿にしたように、にやけるタカト


 何かを察した真音子の上目使いの目がタカトをにらむ。

「タカトさま。必ず全額回収させていただきますので、お忘れなく」


 その冷たい視線は、タカトの甘い考え瞬時に吹き飛ばした。

 ――この女、なんちゅう目をしとるねん……こいつ、絶対にヤバいやつや!


「それから、タカトさま、当然、利子はつきますので。お支払頂けない場合には、そのお体で支払っていただくこともありえますのでご注意くださいね」


 脂汗が垂れてくるタカト。

 ――俺って、もしかして腎臓とか肝臓とか売られちゃうのかな……


 今、手持ちの大銀貨を支払ったほうがよかったのではないかと思えるほどであった。

 真音子は、帰り際に呟く。


「お役に立つか分かりませんが、明日、第6の元神民たちが神民街から移動させられます。中には元駐屯地の守備隊長のカルロスさまもいらっしゃるとか」

「はぁ……」


 今一、ピンと来ないタカト。まぁ、自分の身の上を案じて、それどころではない。

 ビン子はタカトの肩を揺らす。


「エメラルダさんに教えてあげたら」


 そういうことかと府に落ちたタカト。

 気づくとすでに真音子たちは、いなくなっていた。

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