第450話 人食いの少女(3)

 登るにしたがい周りの風景は変わっていく。

 すでに自分たちよりも高いものはなくなっていた。

 木と言うものが見えなくなり、徐々に植物も数を減らしていく。

 そして、隊もまた、人数を減らしていた。

 それでも登る。


 さらに、まずいことに吹雪が行く手を遮った。

 足が止まった隊列は、一度駐屯地に戻るべきかと思案した。

 しかし、ココで戻ればレモノワの制裁が待っている。

 奴は人の命を何とも思っていないのだ。

 命令に背き駐屯地に戻ることは全員の死、すなわち、全滅を意味する。


 吹雪を避けるように岩肌の陰に隠れ、身を寄せ合い互いに励ましあう。

 吹雪がやむと、辺り一面は、真っ白な雪景色となっていた。

 よりあった兵士の数は、およそ30人ほど……

 既に、敵国に進行するための道具すら失っていた。

 吹雪がやんだころ合いを見計らい、部隊は山頂を目指した。

 そこは青と白の色鮮やかな世界。

 どこまでも透き通る青い空。

 その大地には、先ほど降り積もったであろう新雪がきめ細やかな肌をさらしていた。

 やっとのことで魔人国の騎士の門へと近づいたレモノワ隊。

 だが、そんな彼らの前に二人の女が立ちふさがった。

 まるで、レモノワ達一行を出迎えるかのように立っているのだ。

 一人は金髪を逆立てた女魔人

 一人は青いショートボブのメイドであった。

 二人の女は、ゆっくりと歩き出す。

 金髪を逆立てた女魔人は、腰に手を当て首の筋を伸ばす。

 青いショートボブのメイドの女は、手を前に重ねて静かにその横を歩く

 白い雪に二人の足跡が、まるで二人三脚でもするかのように、ピタリとそろっていた。


 どう見ても青いショートボブのメイドの女は人間であった。

 レモノワの部隊はホッとする。

 人間が人間を襲うとも思えない。

 なら、女の魔人さえ、抑え込めば何とかなるかもしれない。

 まだ、これだけの人数が残っている。

 女の魔人ぐらい一人ぐらいなら何とかなるだろう。

 あとは、人間の女に導かれて、騎士の門をくぐればいいのだ。

 魔人国に入りさえすれば、それで任務完了なのである。

 あとは、魔人どもに食われないように逃げのびることができれば、晴れて自由の身なのだ。

 目の前の敵が人間と分かった瞬間、そんな無理な願いももしかしたらと言う期待が生まれた。


 だが、一人の男の目の前で、前に立つ兵士の首が飛ぶ。

 赤き血が、青き空に吹き上がり、白いキャンバスに赤き模様を描いいていった。

 その落ちる首の向こうには、短剣を振りぬくメイドの女。

 なんで……この女が俺たちを襲うんだ?

 一瞬にして淡い期待が消え去った。

 この人間の女も、まさしく敵だ!

 レモノワの隊は、女たちに背を向けて壊走する。


 レモノワの部隊は叫ぶ

「お前! 人間だろうが!」

 だが、メイドは何も答えない。

 金髪を逆立て女が剣を抜くと、つぶやいた。

「行くよ! リン!」

 青いショートボブのメイドがうなずいた。

「ハイ! ミーアお姉さま!」

 刹那、二人の影が跳ねた。

 その後には巻き上げられた新雪が、ゆっくりと落ちてくる。

 二つの疾風が、大地に積もる雪をまき散らす。

 二人の影は、地面すれすれを飛翔する鳥のように、逃げるレモノワの隊を突き抜けた。

 それに遅れること数秒、白き雪の上に大小さまざまな赤き花が狂い咲いた。

 悲痛な悲鳴がこだまする。

 だが、その声が山に跳ね返ってくる頃には、静けさを取り戻していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る