第637話 ハイクショップの濁点(1)
今や膨らむタカトの頬はリスの頬袋そのもの。
そんな口から、唾液で溶けかけたパンの切れ端がドロリと垂れかけていた。
マジ汚ねぇ! 汚なさぎる!
だが、ビン子も負けてはいない。
こちらも口の周りにパンくずをつけて、一心不乱にサンドイッチを口に運んでいる。
しかし、ビン子はタカトと違って昼に激辛カレーをたらふく食べている。
その分、タカトに比べて胃袋の許容量が不利なのだ。
だから!
ついに!
奥の手に打って出た!
サンドイッチから、中に挟まっている具材だけを取り出してパンを放棄する作戦を実行したのである!
これなら、胃袋の許容量が心もとなくとも、おいしそうなものだけをたらふく突っ込めるのだ!
さすがはビン子ちゃん! 賢い!
だが、当然、それを見たタカトは大激怒!
「ビン子ズルいぞ! ちゃんとパンも食べろよ!」
「パンはタカトのために残してあげてるんじゃない!」
「パンなんかいらねぇよ! 中のうまいものよこせよ!」
「それ美味しくなかったんでしょ! はい!これアンパン!」
「おっ!アンパンじゃん! モグモグ! 超うめぇ!」
などと、騒がしい二人に全く関心を寄せないクロトはドラム缶の上に並べられたタカトの道具を手にとっては興味深そうに見比べていた。
「ねぇねぇ! タカト君! コレは一体どんな道具なんだい?」
「ああ、それは『スカートまくりま扇』! 女子学生のスカートをまくる道具だ」
「スカートまくりねぇ……要は、風を自在に操る道具といったところか……で、このバニーのフィギュアは?」
「あ、それ。『スカート
「タカト君は、どうしてもスカートの中を覗きたいんだwww というか、これ……人体用のジャイロシステムじゃないか……で、これは?」
「それは男のロマン! 『あっ♡
「ポケットの中に手を入れたままで何をするんだよwww というか……なるほど……これは、四本の独立制御ユニットってな感じか……すごいな……」
「で、それが『恋バナナの耳』。これを耳につけると、遠くにいる女の子の恋の話を盗み聞きすることができるんだ。ちょっと耳につけてみ!」
と、タカトはパンくずのついた手で『恋バナナの耳』をクロトの耳に押し付けた。
『恋バナナの耳』から小さな声が聞こえてくる。
「……だれだ……こんなところに……優勝カップを捨てた奴は! しかも、私のサインまで消していやがる! 許さん! マジで許さん!」
それを聞くクロトはプッと吹き出した。
「これwww女の子じゃなくて、オッサンの声wwwしかも、恋バナじゃなくて不満の声wwww」
「だから、それ今、改良中なの! というか……どこで間違えたんだろうな……」
「というか……オッサンの不満の声だけを拾ってきているのか……どれだけ遠くから音を拾ってきてるんだよ……コレ……ということは、特定周波数帯の音波センサーとしてはすごいレベルってことなんだけど……で、これは!」
と、クロトが長細い筒を手にした瞬間、タカトの表情が変わった。
「あぶない! それは『アイナの光』といって、圧縮された超高圧粒子を打ち上げる道具なんだ! 人間の手なんか簡単に吹っ飛ぶぞ!」
「おっと! 危ないwww危ないwwww てっきり君の作った道具だから、危険性は低いモノばかりだと思ってたよ」
「だって……ど派手なコンサートを演出するために、多少の危険は仕方なかったんだよ」
「というか、タカト君。どうして、君はこれらの道具を軍事利用しないんだい? これを武具に融合加工すれば第五世代の魔装騎兵をも凌駕する魔装装甲ができると思うだけどな」
「はあ? 何言ってんだ? 魔装装甲なんか作って何が楽しいんだよ」
「えっ? でも、融合加工を極めようとする者なら、最先端の魔装装甲を作りたいと思うものじゃないのかな」
「最先端ね……最先端のモノを作って人が泣いたんじゃ意味ねぇよ……」
「タカト君、君は勘違いしているよ。魔装装甲は人を泣かせるものじゃないよ。人を守るものでもあるんだよ」
「そんなの詭弁だよ……人を守るために生あるものを殺すのであれば、もうそれは立派な命を奪う道具なんだよ!」
「……」
「だいたい俺が作りたいものは、みんなが笑顔になってくれる道具! それが、俺の母さんと約束したことなんだ!」
「なるほど……その願いが、君の道具のネーミングにつながっているわけだね……」
「だから、決して! 人殺しの道具なんて俺は開発しない! まぁ、じいちゃんの手伝いで作る分は仕方ないから例外だけどなwwww」
「分かったよ。道具作りを志す者として、その信念は大切だ。信念のない道具は魂の入っていないタダの道具と同じだからね」
などと話しているクロトの背後から立花どん兵衛が覗き込みボソリとつぶやいた。
「なんだ。お前、権蔵の弟子か? いや……やっぱり、違うか?」
それを聞くなりタカトは驚いた。
というのも、このハイクショップに来てから権蔵の名前など一切出していないのである。
それが、タカトの作った道具を見るなり権蔵の名前が飛び出したのである。
「どうして爺ちゃんの名前を知ってるんだ!」
それを聞いて、今度は立花が驚いた。
「爺ちゃんだと! 権蔵の奴! もう孫までいやがったのか!」
「いや、そんな事より!なんでじいちゃんの名前が出てくるんだよ!」
「そんなの直ぐに分かるわ! お前の作った道具には権蔵の癖がよく出とるからな」
「爺ちゃんの癖?」
「いいか! 融合加工の基本は融合すべき物体の万気に魔の組織の万気を重ねること。正確に重ねあえばあうほど万気は互いに混ざり合い新たな万気へと進化する。だが、それは言うほど簡単なことではない。世の中には融合加工職人がごまんといるが、権蔵ほど正確に重ね合わせる奴は見たことがない。ここにいるクロトでさえ、その重ね合わせについては権蔵の足元にも及ばん」
「そんなにすごいんだ……じいちゃん……」
「だが……分からんのは、そんなヘンテコな道具を権蔵は教えるわけはない……というか、アイツのプライドが絶対に許さんはずなんだが……」
なんか立花に馬鹿にされているような気がしたタカトは少々ムッとした表情で食って掛かった。
「それはどういうことだよ!」
「権蔵は職人の中の職人じゃ!」
「そんなことは分かってんだよ!」
「職人ではあるが発明家ではない。言っている意味が分かるか?」
「全然www」
「あのな……権蔵は職人だから、既存の武具の融合加工をして強化するには長けている」
「うん……それはよく分かる」
「だがな、奴は発明家ではないから、新しいものを作り出すということには全く向いてない」
「……」
「早い話、権蔵は頭が固いんじゃ!」
「なるほどwww って、じいちゃんの事を悪く言うな!」
「あのな! 改良と開発は違うってこと! 権蔵がやっているのは改良。1の性能のものを融合加工によって2や3にしているだけ。それに対して、クロトやお前がやっているのは開発。1の性能のものをAやBにする。いうなれば、別次元に遷移させるアイデアを形にしとると言う訳」
「なるほど……」
「で、頭の固い権蔵が、お前のようなヘンテコなアイデアを生み出す弟子を飼いならせるわけはないはずなんじゃが……」
「べ! べつに俺はじいちゃんに飼われているわけではないからな!」
「しかし、権蔵の奴、こんなヘンテコな道具を見ても我慢ができるようになったということは、奴も少しは頭が柔らかくなったということなのかの……」
「というか、ジジイ!」
「ジジイと呼ぶな! 立花のオヤジさんと呼べ!」
「分かったよ! 立花のオッサン! ところでなんで、そんなに融合加工の事に詳しいんだ? 大体、この店、『俳句ショップ』だろ?」
だが、それを聞く立花どん兵衛は大きく笑う。
「わははは! 馬鹿かwwwお前www」
そして、おもむろに、ビン子と一緒にサンドイッチをむさぼっているタケシを怒鳴りつけたのだ。
「オイ! タケシ!」
「なんすか! オヤッサン! 俺! 今! サンドイッチ食べるので時間がないんすよ!」
「というか! なんで、お前が食ってんだ! それはクロトの客人のモノだろうが!」
「何言ってんすか! 時給が低いから俺!飯!食う金すらないんすから!」
「そんなことはどうでもいい! また、外の看板から『濁点』が落ちてるぞ! いい加減にしっかりくっつけとけよ! このガキみたいに、ウチの店が俳句を売っている店と勘違いするトンチンカンが出てきてしまうだろうが」
驚くタケシがタカトをまじまじと見つめる。
「まさか! マジで君はこの店で俳句を売っているとでも思っていたのか⁉」
なんか……タカト自身……そう言われると、大きな勘違いをしているような気がしてきた。
だけど……
「だって……外で見たこの店のぼろい看板には確かに『立花ハイクショップ』と書かれていたもん……」
恥ずかしさのためか、先ほどから真っ赤にした顔を誰にも見られないように下に向けながら小さな声でぼそぼそと呟いていた。
一方、タケシはどうしてもサンドイッチが食べたいようで、看板に濁点をつけることを抵抗し始めた。
「オヤッサン! 濁点って必要っすか?」
「当たり前だろ! この店が何の商売しているか分からないだろうが!」
確かに分からない……
小汚い店内には融合加工の工具が散らばり、壁は油で黒ずんでいる。
だが、言われてみれば店内には俳句が飾られている様子など全くない。
という事は、この店は俳句ショップではないことは間違いないようだった。
ならば、「ハイクショップ」から濁点が欠落しているという事は、やはり、この店は「バイクショップ」なのだろうか?
それであれば、工具が散らばり油で汚れているのも納得ができる。
そして、タケシがダンボールでサイクロンを作っているのにも合点がいく。
仕方なさそうにタケシは黒いガムテープを握り締めて外に出る。
そして、木箱を二つほど重ねると、その上に登りボロボロの看板にガムテープを張り付けだした。
どうやら、この黒いガムテープを二つ並べて貼り付け濁点の代わりにしようというらしい。
「コレでいいんでしょ! オヤッッサン!」
だが、立花どん兵衛は外に出て看板を確認することもなく、
「おお! それでいい! それでいい! というか、どうでもいい!」と、タケシが残していったサンドイッチを頬張りはじめていた。
しかし、タカトは気になって仕方がない。
――ハイクショップでなければ、おそらくこの店はバイクショップ!
だが、何かそれも違うような気がするのだ……
そう、この店にはバイクが一台もないのである。
えっ? サイクロン?
あのサイクロンは……底の抜けたダンボール……エンジンもついてなければ、タイヤもついていない。
ということで、いても立ってもいられないタカトは急いで外に出るとボロイ看板を仰ぎ見た。
なんと!
そこには!
『立花ハイグショップ』
「って、この店、ハイレグショップかよ!」
思わずツッコんでしまったタカトは声を大にしてしまった。
それを聞いたクロトが店の中で大笑い。
「なんで、こんな小汚い店でハイレグなんか売るんだよwww」
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