第613話 適用外!
などと、事の顛末を荷馬車に乗ったタカトが知っているわけはなく……
アイナが殺されて以来……小さな部屋にこもり続けるタカトに権蔵がドアをドンドンと叩きながら声をかけたのだ。
「タカト……そろそろ出てこんか……」
「……」
だが、部屋の中からは返事が返ってこない。
――やはり……まだ、折り合いはつけられんか……
そんなことは権蔵も薄々とわかっていた。
憧れを抱き続けていたアイナとせっかく仲良くなれたと思った矢先に、目の前で殺されたのである。
それは、仲間を殺されたというより、最愛の恋人を殺された感覚に近いのかもしれない。
そんな傷ついた心が簡単に癒されるとは思わない。
だが、このまま部屋の中にこもり続けていれば心だけでなく、確実に体もまた壊れてしまいかねないのだ。
――ならば、無理やり部屋から引きずり出すか……
いや、そんなことをすれば逆効果。それどころか、部屋を出たタカトはどこに心のよりどころを置けばいいのというのだろうか。
もはや、そうなってしまえば、体は部屋の外に出たとしても、心はつねに奥底に閉じこもったままになってしまうのだ。
ならば、タカトのためには、タカト自身にこのドアを開けさせるしかないのである。
なら、どうする……
どうすればいい……
権蔵もまた、悩み続けていた。
だが、そんな時、一之祐から呼び出され、休息奴隷の命令が下ったのである。
それを聞く権蔵は唇をかみしめる。
――そうか……未来のワシもまた、タカトによって救われていたというわけか……
工房の中で仕事をしながらタカトの話に出てくる未来の自分。
まんざら嘘ではないとは思うのだが、どうしても腑に落ちないことがあったのだ。
そう、自分の身分は奴隷。奴隷なのである。
そんな奴隷が、どうしてタカト達と楽しそうに生活ができるというのだ。
そう、それはいかに権蔵が切望しようとも、絶対に叶うわけのない未来なのである。
それが、今、一之祐から休息奴隷となって内地に帰れと言われているのである。
これで未来の自分の話につながると感じた瞬間、権蔵は、いたたまれない気持ちになったのだ。
これから自分の未来は、何も知らない過去のタカトと幸せに過ごすのである。
だが、これからのタカト、そう、この時間の先に行くタカトはどうなるのだ?
――アイツは……周りの人間を幸せにするだけして、自分だけはどん底に落ちるのか? それではあまりにも理不尽ではないか……
権蔵は考えるのだ。
タカトにしてやれることは何かないかと……
そんな時、道具を作りながらタカトが目をキラキラさせて言っていたことを思い出す。
「俺! いつか道具コンテストに出たいんだよねwww」
そうか! ならば!
タカトがこもる部屋の前で権蔵は大きく深呼吸した。
そして、
「タカト! お前、道具コンテストに出たいとか言ってたじゃろが!」
――コレでダメなら……もうタカトは……いや、今はそれを考えまい!
「ここにお前あての一之祐様の推薦状があるんじゃが? どうじゃ、コンテストに出てみないか?」
だが、部屋の中からは声は返ってこない。
――やはり、ダメなのか!
いや、ここであきらめたらタカトがダメになる。
こんな時にアイナがいてくれたら……
まてよ……
「タカト、よく考えてみるんじゃ! お前は確か未来から来たといってただろうが!」
そう確か……タカトたちは未来から来たという。
そんなタカトは当然のようにアイナの事を知っていた。
死んだはずのアイナのことを。
おかしいではないか!
時間軸が違う?
パラレル世界?
確かにそんな考えもあるかもしれない。
「お前がいた未来の世界にはアイナがおったんじゃろうが!」
権蔵自身、この自分の考えに自信があるわけではなかった。
だが、タカトたちがこの時間に来たことも定めであるとするならば、これから先の未来もまた決まっているのだ。
ならば、タカトたちがいた未来の世界ではアイナが「いる」ということなのだ。
「ここに来たのがお前の定めであるならば、未来にアイナがいるのもまた定め! 違うのか? タカト」
そんな権蔵の声に答えるかのように、部屋の中でゴトリという物音がした。
そして、権蔵の目の前のドアが静かに空いていく。
「爺ちゃん……アイナちゃん……生きているよね……」
そこには両目を真っ赤に泣きはらしたタカトが立っていた。
「ああ……それが定めであれば、必ずな……」
権蔵はそんなタカトを見ながら優しく頭を撫でた。
こうして、駐屯地を後にして内地で開催される道具コンテストに出ることになったタカトは今、荷馬車の上で推薦状を掲げながら有頂天になっているわけなのだ。
第七の騎士の門をくぐり内地へと戻ったタカト達は、まずは邪魔な真音子を金蔵の家に送り届けたのであった。
先発した商隊が、すでに金蔵家に真音子の帰還を報告していたのだろう、商家の入り口では
「こら! 真音子‼ あれほど門外に出てはいかんと言っとったやろうが!」
タカト達が金蔵の家に着くや否や
そんな荷馬車の上ではチビ真音子がタカトの影に隠れながら上目遣いに謝るのだ。
「ごめんなさい……お母さま……でも、真音子はお父様にどうしても報告しないといけないことがあったの……」
「なんやそれは! というか、謝るんやったら、ちゃんと荷馬車から降りて、人の目を見て謝らんかい!」
しぶしぶ荷台から降りていく真音子を見ながら、タカトとビン子は「触らぬ神に祟りなし」と言わんばかりに他人事、もう、
そんなタカトに見放されたかのようなチビ真音子は、一人ビクビクとおびえながら
先程から腰に手をやった
その様子はまるでヤンキー! レディース! いや!極道!
「で、お父様に報告って、何や! 言うてみい!」
しかし、チビ真音子も負けてはいない。
意を決したかのようにチビ真音子はキッと唇をかみしめると、両手に握りこぶしを作って
極道の血は争えないものであるwww
「タカトお兄ちゃんとの結婚を!お父様にご報告したの!」
「なんやて! 結婚⁉」
そんな話は聞いてないと言わんばかりに
確かに、真音子が黙って金蔵の家を飛び出していたのには、それ相応の理由があるモノとは思っていたが、さすがに結婚とは想像だにしていなかった。
大体、そんなことはコウケンたちからの報告にも書いてなかった。
いや、おそらく、コウケンたちも冗談だと思って報告すらしなかったのだろう。
確かに5歳のチビ真音子の言うことを真に受ける方が馬鹿だ。
バカなのだが、今の真音子の真剣なまなざしを見て冗談だと一笑に付すには親としては気が引ける。
そこで、
と、当然に父親である勤造が真音子を上手く納得させてくれただろうと期待を寄せながら確認をしたのだ。
「お父様は!タカトお兄ちゃんが金蔵の養子に入るのなら認めてもいいっておっしゃってくれたわ!」
ガーン!
一瞬、
――あなた……それでいいのですか……
「だって、金蔵のおうちの掟は!『受けた恩は10倍返し、受けた仇は30倍返し』なんでしょ! お母さま!」
確かに……真音子の言っていることは正しい。
子供の真音子がささげられるものと言えば、自分の身と心しかないのである。
命の恩人であるタカトにその身と心をささげる。
おそらく、真音子なりに考えたことなのだろう。
だが、
――あのエロガキが、自分の息子?
そう、露天風呂で人の裸を覗き見るような輩である。
しかも、ちょっと女の色香で頼みごとをすれば、すぐにコロッと傾くのである。
――あのガキは必ず浮気をするに違いない!
そう思うと、なんだか最愛の娘が不憫に思えて仕方がない。
だが、見上げる真音子の真剣なまなざしを見ると、真音子自身、タカトとの婚約をまんざらというわけではなさそうなのだ。
まぁ、その気持ちがいつまで続くのか分からない。
子供の時の好きだの愛しているだのは、一時的な熱病みたいなものであるのだから。
――ならば、その熱が冷めるまで、この話に付き合う等いのもありか……
だが、それまでは、あのエロガキを未来の入り婿として丁寧に扱わなければならないのかと思うと、少々、気が重くなってくる。
――だが……待てよ!
そう、
入り婿となれば、あのエロガキの体は金蔵のモノなのだ。
このご時世、奴隷であっても最低限の賃金を払わないといけない。
だが、入り婿となれば役員と同じ。
労働基準法の適用外! すなわち、最低賃金も時間外労働も制約がないのだ。
すなわちコレ!、あのガキを自由にこき使うことができるということなのである!
――もう、こうなれば! こき使って! こき使って‼ 死ぬまでこき使ってやる!
ということで、
「未来の婿さん! 荷物の配達の仕事を……」
だが、
「もう! おらんやないかい! あのエロガキ!」
そう、すでにタカトの姿はそこにはなかった。
何やら養子がどうのこうのと言った話が出たあたりで、ゴキブリ並みに危険を察知したタカトは何かいやな気配を感じていた。
ということで……
抜き足! 差し足! 忍び足!
音もたてずに金蔵の家の前からトンズラをこいていたのである。
そして、その足で向かったのが、かつて道具コンテストの受付が行われていた広場である。
そう、今日は道具コンテストが開催される日なのである。
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