第249話 ピンクのオッサン(2)
しかし、カルロスがいかに英雄と言えども、今、手持ちの武器はない。
仮に当初、武器を持っていたとしても、収監されるときに当然のように没収されていた。
だが、カルロスは腐っても元神民である。
そう、以前第六の神民であったカルロスは、黒いカメの魔装騎兵なのだ。
だから、今でも開血解放を行えば、魔装騎兵になれるのだ。
確かになれるのだ……
なることはできるのだが……
残念ながら、今、カルロスの手元には、開血解放に必要な魔血タンクが一本もなかった。
当然である……だって、ここは人魔収容所の檻の中。貯蔵室である。
そんなものあるわけがない。
魔血タンクがない状態で開血解放すれば、魔物組織は人体の血液を吸収し、魔の生気がカルロスの体内に侵入してしまう。
そうなれば、たちまちカルロスは人魔症を発症することになるだろう。
――人魔となれば、ココにいる皆を食らってしまう事になる。もう、そうなれば脱出どころの話ではない。
そんなカルロスは厳しい視線を貯蔵室のドアへと向けた。
――しかし、あの貯蔵室のドアから向こうに出れば、戦闘は必至。
衛兵の一人や二人であれば素手でも何とかできよう。
だが、数十人もまとめてこられれば、いかにカルロスでも、いかんとしがたい。
その上、目の前に集まる20人もの囚人たちを守って、人魔収容所の外まで無事に脱出することなど、どう考えても今のカルロスには不可能だった。
うーん
カルロスは腕を組み、頭をひねる。
――どうしたモノかの……
しかし、考えても一向に答えが出ない。
――やはり、ここは無理を承知で強行突破か……
いやいや、もう一つ方法が……
ここにいる囚人たちを囮にして、自分だけ助かるというものである。
確かに、そういう方法もないわけではない。
しかし、そんな方法、カルロスのプライドが死んでも許さないのだ。
目の前の無垢の囚人たちを囮にするぐらいであれば、逆に、己が命を真っ先に犠牲にするようなおっちゃんなのである。
そうこうしているうちに、静かに時間だけが過ぎていた。
先ほどから悩み続けるカルロスの前では、囚人たちが皆、膝をつき、誰かがいいアイデアを出すのを今か今かと待ち続けていた。
さぁ出番だぞ!
我らがアイデアマンのタカト君。そして、我らがヒロインビン子ちゃん。
って……いやしませんがな!
そう、この場にタカトとビン子の姿がないのである。
あらら……
あの二人は一体どこに行ったのだろう?
「かぎやぁぁぁー」
カルロスたちがいる檻の外でタカトの声がした。
廊下の奥でタカトとビン子が四つん這いになって何かを必死に探していた。
というか、いまさら鍵探してなんとする……
「たまやぁぁぁー」
「かぎやぁぁぁー」
って、花火かい!
どうやらタカトとビン子は、どこかに隠れたタマを探しているようであった。
というか、一応、ここ、人魔収容所の中なんですけど……
なんかこの二人から緊張感が全く感じられないのは気のせいなのだろうか……
一方、緊張が張り詰めるカルロスの牢屋。
そんな牢屋に正座するコウスケが恐る恐る言葉を発した。
「あの……ちょっといいですか」
若干、その声が震えているような気もしないでもない。
だって仕方ないじゃん!
目の前でしかめっ面をしているカルロスは、めっちゃ怖い顔で考えているだから。
もうね、なんか一言しゃべったら、その場で瞬殺されそうな雰囲気なんですよ。
「なんだ!」
その声に反応したカルロスの目が開くと、コウスケをにらみつけた。
腕を組みながら真っすぐに、まるで威圧するかのようにである。
その眼光の鋭いこと言ったら生きた心地がしやしない。
――こわ! というか、この人……なんかタカトと喋っていた時と雰囲気、違うんですけど……
先ほどまでコウスケは、カルロスのことをちょっと強面のおっちゃんかと思っていたが、今は全く違う。
どちららかと言うと、鬼教官! 神民学校の担任であるスグル先生の方がまだマシと思えるほどの雰囲気なのだ。
だが、コウスケは勇気を振り絞ると、恐る恐る口を開いた。
「あのですね……僕……第八のセレスティーノ様の神民なのですが……」
「もったいぶらずに早く言え!」
間髪入れずに返されるカルロスの言葉が鋭い。
――ひぃぃ! コワィィィィ!
ますますコウスケの顔が引きつった。
これではスグル先生の時みたいにボケることなんてこと絶対にできやしない!
ということで、コウスケは真面目に答えた。
「あのですね! 僕、セレスティーノ様から白紙委任状を一枚預かっているんです」
一瞬、静かになる牢屋の空気
その止まった空気がカルロスの怒鳴り声でいきなり動いた。
「なんだと!?」
コウスケは、着ぐるみの内側のポケットをゴソゴソとあさると、一枚の紙きれを取り出した。
「なんか、面倒ごとがあったらこれで解決しなさいと、渡されているんです」
なんと、コウスケはそんなにセレスティーノからの信任が厚かったというのであろうか?
いや違うのだ。
セレスティーノは、単に面倒くさかったのである。
日々、ことあるごとに、自分の神民たちから、困りごとの相談を受けていた。
まあ、騎士としては当然の事なのだが。
そんな悩みをいちいち解決していたのでは女の子とのデートの時間もとれはしない。
ただでさえ、神民学校ではアルテラの手前、真面目に生徒会長を務めているのだ。
それ以外の時間は自由にさせてくれ!
そう考えたセレスティーノは、神民たちにあらかじめ白紙委任状を渡したのである。
問題は責任もって自分たちで解決しろ!
それが、大人というモノだ!
一応、セレスティーノは騎士である。
騎士の中では一番弱い騎士であるが、騎士である。
すなわち王の次に位が高いのだ。
そんなセレスティーノの委任状を見せられて、それをむげに断ることができる人間などいるだろうか、いや! いるわけがない!
これで万事解決!
女の子とのお楽しみの時間を邪魔する者は誰もいない! はず……
などとセレスティーノが思ったかどうかは定かではない。
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