第333話
「もうよい……」
カルロスが、包帯を巻こうとする守備兵の手を、優しく押し返した。
手当もそこそこに、痛む体をおして立ち上がる。
ピンクのオッサンも、すでに立ち上がり、スカートの誇りを払っていた。
さすが二人とも歴戦の勇者である。これぐらいの傷は屁でもない。
しかし、その二人の顔はとても暗かった。
地下闘技場から無敗を誇っていたピンクのオッサンにとって、ここしばらく忘れていた敗北感である。
カルロスもまた、己が武器の円刃の盾がないとはいえ、魔装騎兵の自分が全く手が出なかったことに悔しさをにじませていた。
一方、部屋の片隅では、傷つくタカトの腕に、コウスケが包帯を巻こうとしていた。
「やめろ! 気持ち悪い!」
その包帯を、タカトの足が押し返す。
「その傷、綺麗にしておかないと、バイ菌が入るだろぅ」
押し返される包帯を、必死にタカトに巻こうとするコウスケ。
「ちょっと! ビン子ちゃん! このアホコウスケになんか言ってやってよ!」
包帯を足で押しながら、タカトは背後のビン子を反り返り見つめた。
「いいじゃない! 巻いてもらいなさいよ!」
腕を組みながらビン子が答えた。だが、その目は少々、いら立っているご様子。
なぜ? タカト?
そう言っているようにも見える。
実際に、ビン子だって傷だらけなのである。
毎朝毎朝、馬鹿の一つ覚えみたいに、道具を配達する馬車の前に飛び出して、ビン子を悪の大王から救い出すと吠えていたコウスケ。
今、この状況なら、その包帯を巻く相手は、タカトではなくて、私だろうが!
などと、思っているのかもしれない。
そんなビン子に目もくれず、コウスケは、包帯を無理やりタカトへ押し付けた。
「キショいわ!」
タカトが必死に抵抗する。
勢い余ったコウスケの体が傾いた。
その反動で、白い包帯のロールが、コウスケの手から飛び出した。
クラッカーから飛び出したリボンのように、くるくると尾を引き伸びていく。
そして勢いを失った包帯が、ゆっくりと落下する。
その落ちゆく先には、なんと……
床の上で強く抱き合うコウスケとタカト。
包帯が、そんな二人を祝福するかのように、重なり合う体の上に舞い降りた。
あっ……タカトのぬくもりだ。
コウスケは、タカトをいっそう強く抱きしめた。
意味が分からぬタカトの両手は、コウスケの背後の空間を行き来していた。
ビン子もまた、咄嗟の事に、言葉を失って、そんな二人を見下ろしながら固まっていた。
上に乗るコウスケがゆっくりと目をつぶると、唇を突き出した。
コウスケの唇が、ゆっくりとタカトへと降りていく。
一方下敷きになっているタカトの唇は、動けない。かろうじて、唇だけがタコのように右に左にと逃げ惑っているが、そんな小さな動きでは、この危機的な状況を、回避することなどできはしない。
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