第90話 青いスライム(2)

 最初の訪問者は魔ムカデのオオヒャクテであった。


 オオヒャクテは、月の隙間から、ポトリと落ちてきた。

 よほど腹を減らしていたのであろうか、衰弱したその体は、微動だにしなかった。


 初めての来客にスライムは喜んだ。たぶん。

 スライムは自分の体をオオヒャクテに差し出す。

 スライムの体をかじるオオヒャクテ。

 次第に元気を取り戻し始めた。


 これで退屈な一人の生活が終わりを告げるとスライムは思ったに違いなかった。

 しかし、元気になったオオヒャクテは、スライムを追い回し始め、捕まえてはその体をかじった。


 オオヒャクテが空腹になると逃げ回る。

 寝ている間は緑の月とお話ししながら水を飲む。

 こんな生活がまた、しばらく続いた。


 しばらくすると、また訪問者が訪れた。

 次の来客はクロダイショウであった。


 こちらも空腹だったのか、いきなりオオヒャクテを追いかけまわした。

 クロダイショウがオオヒャクテを追いかける。オオヒャクテがスライムを追いかける。

 奇妙な追いかけっこが穴の中で続いていた。


 力尽きたクロダイショウがうずくまる。

 スライムは今度こそ友達ができたと思い、その体をまた差し出した。


 思ったよりおいしかったのだろうか。

 元気になったクロダイショウは、オオヒャクテと共にスライムを追いかけ始めた。

 そんなはずではなかったのにと、スライムは穴の中を跳ね回っていた。


 次の訪問者は変わっていた。


 クロダイショウやオオヒャクテとは異なり、二足歩行をしていた。

 とてもおびえた様子で穴の中に飛び込んできた。


 既に穴の中はクロダイショウとオオヒャクテがうじゃうじゃとうごめいていた。

 普通、この穴の中に自分から飛び込んでくることはないだろう。

 しかし、二足歩行の生き物は何かに追われている様子で、壁にぴたりと身を寄せ、上の様子をうかがっている。

 体にまとわりつくクロダイショウやオオヒャクテなどお構いなしのようである。


 ほどなくして、上空から、荒い鼻息が聞こえてくる。

 二足歩行の生き物の体が硬直する。


 上空に黒い影が見えた。

 その黒い影は赤い目が二つ不気味な光を放っていた。

 口角から、白い息が噴き出している。


 後ずさりをする二足歩行の生き物。


 あの赤い目は危険……


 スライムは招かれざる客から身を守るように、岩肌の隙間に身を隠す。

 クロダイショウとオオヒャクテがスライムにまとわりつき、その身を隠した。


 ドンと言う音と共に、おそらく赤い目が穴に降りてきたと思われる。

 二足歩行の生き物の断末魔が聞こえたかと思うと、ムシャムシャとむさぼる音がした。

 次に穴の中を走り回る音が聞こえたかと思うと、クロダイショウとオオヒャクテの動きはあわただしくなった。

 スライムは、それでもじっと身を隠していた。

 何かを激しく吐き出す音が聞こえたかと思うと、静かになった。


 スライムはそっと、塊に戻った。


 そこには、数を減らしたクロダイショウとオオヒャクテの群れの中に、赤い血だまりができていた。

 その血だまりには、ばらばらに引きちぎられ貪られた二足歩行の生き物の体が横たわり、スライムを見つめるかのように頭が転がっていた。


 スライムはあきらめた。


 誰かがフラッと尋ねてきて、このつらい現実から救ってくれるという夢をあきらめた。


 あきらめたスライムは、動かなくなった。

 月が垂らすしずくの下で、身を固める。

 オオヒャクテがその身をかじろうと、決して動かない。

 クロダイショウがその身に牙を立てようと、決して声をあげなかった。


 もう、心が死んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る