第587話 嵐

 辺り一面に飛び散った肉の破片から流れ出た体液によって、無数の赤が広がっていた。

 先ほどまで真っ白に泡立っていたはずの洗剤の泡が、いまや、血なまぐさい赤へと変わっている。

 そんな守備兵を粉々にしたマッシュの勢いが、コウテンめがけてそのまま滑ってくるではないか。

 高速移動するマッシュの足によって、激しくかき混ぜられるその泡は、まるで床に転がる肉片を隠すかのようにさらに泡立ち盛り上がっていく。

 そんな赤き泡が、どんどんとコウテンに向かって近づいてきていた。


 咄嗟に迎え撃つコウテン。

 だが構えるが足が、洗剤で滑ってしまうのだ。

 何度も何度も踏ん張るが、その都度ツルリと滑って定まらない。


 そうこうしているうちに、マッシュ顔がどんどんと近づいてきていた。

「オーライ!」

 そんな掛け声とともに、マッシュの腕が伸びてくる。

 まさにその一撃はコウテンの顔面を正確にとらえていた。


 ――やられるっす!

 目の前に迫るマッシュの拳!

 よけようにも足にが滑って、かわす体勢を維持できない。

 そんなコウテンは、確実に死を覚悟した。

 ――死にたくないっす!


 だが、運命のいたずらか、その瞬間、コウテンの足がつるりと滑った。

 ダルマ落としのようにストンとまっすぐに落ちゆく禿げ頭の上を、マッシュの腕がかすめていく。

 そんな拳が通り過ぎた頭の皮膚は、摩擦によって赤く染まっていた。

「いてぇぇぇス!」

 悲鳴を上げるコウテン。

 だが、直撃は免れた。

 守備兵の体をあっという間に粉々にしたマッシュの一撃である。

 そんなものが顔面に当たっていたとすれば、どんなことになったか……想像したくもない。


 マッシュは振りぬいた拳の勢いのまま、コウテンの体の横をすり抜けて滑っていく。

 シュ! シュ! シュ! シュ!

 尻もちをつくコウテンが振り向いたころには、マッシュの体は見張り台の角を曲がって小さくなっていた。

 もしかして、アイツ、また、城壁の上を一周回ってくるつもりなのだろうか。


 チャンス!

 そう、奴が一周回るには、それなりに時間がかかるはず。

 その間に、この滑る足場を何とかしておけばいいのだ。

 このままでは拳に体重を乗せることすらままならない。

 ならば、この足場が滑らないようにできれば、コウテンにも反撃のチャンスが生まれる。


 とは言っても……

 辺り一面に広がる無数の泡を無くすにはどうしたらいいのだろう……

 悩むコウテン。

 何かアイデアはないだろうか?

 そう! コウテンは坊主である!

 アイデアと坊主! この組み合わせ!

 あるではないかイイ方法が!


 ということで、コウテンは突然、その場に座禅を組んだ。

 そして、なめた人差し指でこめかみをくるりとなぞると、そのまま丹田に印を結んだのである。


 ぽく! ぽく! ぽく!

 チーン!


 これはまさにIKK〇さ~ん!

 どんだけ~ぇ!

 一休さんとちゃうんかい!

 ということで、何かコウテンはひらめいたようである。


 解決方法① 泡を大量の水で洗い流す!


 だが、そんな水をどこから用意すればいいのだ。

 大体ココは砂漠のど真ん中! 水などそうそうありはしない。


 雨! そう雨が降ればいいのだ。

 だが、今日に限って月が見えるほどの晴天ときている。

 そんな空には、当然ながら雨雲すらなかった。


 ならば、雨ごい! 雨ごいをすればどうだ!

 あめ~♪ あめ~♪ ふれふれ~♪ 母さんが~♪

 って、そんなことで雨が降るかぁ!

 ということで、コウテンは床の上に唾を吐いてみた。

 ゴシゴシゴシ! よけいに泡立った。

 これじゃダメじゃん!


 ということで、マッシュが一周回って戻ってきた。

 ラウンド2! ファイト! カン! 


 またもやマッシュが目の前に。

 コイツも馬鹿の一つ覚えのようにまっすぐ近づいてくる。


 相変わらず足を定めることができないコウテン。

 泡の下のレンガのくぼみにつま先を引っかけて何とか体を止めていた。

 だが、先ほどと同じようによけたのでは埒があかない。

 ならば、何とかして攻撃の一手を打ちたいものだ。

 とはいうものの、つま先だけの踏ん張りでは力など入ったものではない。

 万事休す! 一大事!

 おごとぉ~


「オーライ!」

 そんなコウテンをあざ笑うかのようなマッシュの発声。

 それと伴に伸びる拳が、再びコウテンの顔面を捕らえようとした。


 ――今度こそやられるっす!

 またもや、死を覚悟したコウテン。


 だが、運命のいたずらか、その瞬間、コウテンの足がまたもやつるりと滑った。

 落ちゆく禿げ頭の上を、マッシュの腕が滑っていく。

 拳が通り過ぎた後には、先ほどよりも皮膚がすれて真っ赤になっていた。

「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇス!」

 だが、今度も直撃は免れた。


 当然、コウテンが振り向いたころには、マッシュは見張り台の角を曲がって小さくなっている。

 もしかして、やっぱりまた、奴は一周回ってくるつもりなのだろう。


 再びチャンス到来!

 さて、先ほどは唾を吐いて失敗した。

 ならもうちょっと大量に水を出してはどうだろうか。

 そう、小便という手が!

 だが、見張り台の上からは小間使いの女が見ているのだ。

 コウケン兄や、コウセン兄たちであれば、迷わず出していたかもしれないが、うぶなコウテンには無理だった。

 ――だって……女の人の前では……恥ずかしいっす……ぽっ!

 そんな場合じゃないだろ!


 コウテンは再び、その場に座禅を組んだ。

 そして、なめた人差し指でこめかみをくるりとなぞると、そのまま丹田に印を組んだのである。


 ぽく! ぽく! ぽく!

 チーン!


 これはまさに沢○IKKIさ~ん!

 セクスィ~!

 って、もう……一休さん関係ないやん!


 ということで、

 解決方法② 強い風で泡を吹き飛ばす!


 そう、ココは砂漠の真ん中に立つ駐屯地。

 しかもその城壁の屋上である。

 砂漠からの風が常に吹きつけている。

 だが、床に一面に広がる泡を吹き飛ばすには少々力が足りなかった。

 ――ならなんかないか……なんか……

 そうだ、大風が吹きすさぶ嵐が来てくれればいいんだ!

 そう! 嵐を呼ぶ……嵐……

 何かを思いついたコウテンは咄嗟に四つん這いになると、レンガをリズミカルに叩きはじめた。


 ポク♪ ポク♪ ポク♪ ポク♪

 ここに来て坊さんだけにお経ですか?


 ポク♪ ポク♪ ポク♪ ポク♪


 いや違う!

 これは!

 このリズムは! もしかして!

 超絶の人気を博したというあの男性アイドルの!


 オイラはドラマぁ~♪

 ヤクザなドラマぁ~♪


 って、そっちの嵐かぁ~

 明日に向かって吠えるんじゃなくて、太陽に向かって吠えましたかぁ~

 古いなぁ~www


 ということで、そのままコウテンは四つん這いになって、泡に強く息を吹きかけてみた。

 すると、なんと言うことでしょう!

 盛り上がった泡から、シャボン玉がたくさん夜空に飛んだではありませんか!


 なんじゃこりゃぁ~!


 ということで、またまた、マッシュが一周回って戻ってきました。

 ラウンド3! ファイト! カン!



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