第199話 想いを掴むもの(2)

 タカトとフジコは、わけも分からずベッドの下で震えていた。


「なんで人魔がいるんだよ! それも、なぜか俺たち目指して! お前、何したんだよ!」

「私、何もしてないわよ! アンタこそ何かしたんでしょうが!」

「俺だって、なにもしてないわい!」

「嘘おっしゃい! 何かしたからネル様に目をつけられてるんでしょうが!」

「そんなこと知るか!」


 責任を押し付けあう者とはとにもかくにも見苦しい。


 ドアをガタガタと人魔たちが揺すっている。

 もう、ドアは今にもさんから外れそうである。

 ――あかん……

 恐怖におののく二人はいつの間にか必死に抱き合っていた。

 先ほどまでの骨肉の争いを忘れたかのようである。


「神様! 何でも致します! なにとぞお助けおぉぉ!」

 タカトは一心に叫んだ。

 ガシャン!

 その瞬間、病室窓ガラスが割れた。

 床の上に飛び散るガラスが、小気味のいい音を立てて落ちていく。


「もういやだぁぁぁ!」

「なんでよぉ!このバカの監視だけって言ったじゃない!」

 二人は頭を押さえて目をつぶる。


 それに呼応するかのように病室のドアもついに倒れ落ちた。

 一斉に人魔たちが病室内になだれ込んできた。

 大きなオオカミが、人魔の頭を次々と噛み千切っていく。

 鋭い爪が、人魔の体を引き裂いた。

 みるみると病室内の白い壁が真っ赤に染まっていった。


 人魔ごとき余裕であるスグルは、その体を引き裂きながら病室内を見回した。

 一体、何が人魔を引き寄せているのであろうか?

 ――分からぬ。

 一見するとただの病室のように見える。

 と言うことは、この病室が原因と言うわけではなさそうだ。


 スグルの大きなオオカミのあごが閉じられると、人魔の頭がまるでブドウでもつぶすかのように赤い汁を飛び散らせた。

 ガシャン!

 それと同じくして、スグルが飛び込んだ隣のガラスが砕け散った。

 そして、何かがベッドの上へ飛び込んだ。

 その衝撃でベッドが大きくたわむ。

 ベッドの足が一本砕け、大きく傾いた。

 下で震える二人組の目の前に傾くベッドの底が落ちてくる。

 再び悲鳴を上げるタカトとフジコ。

 もう、何が何だか分かりません。


 ベッドの上を転がり勢いを殺したセレスティーノは、床に飛び降りるとともに剣を構えた。そんなセレスティーノにも人魔が襲う。


「この犬ころが! よくも出し抜いてくれましたね」

「いやいや、この姿でなければ即死でしたよ……本当に」

 セレスティーノとスグルは世間話をするかのように、人魔を次々と切り刻んでいく。


 しかし、止めどもなく続々と、人魔たちがなだれ込んでくる。一体、どれほどいるのであろうか。神民街には、神民以外にもその一般国民である家族もいる。また、その神民に仕える奴隷たちも多くいる。おそらく、こうした神民以外の者たちも人魔へと変っているのだろう。いや、この数からして、この者たちが人魔たちになっているのだろう。


「邪魔だ!」

 業を煮やしたセレスティーノ剣とスグルの爪が部屋中の人魔たちを切り刻む。

 もうすでに、部屋の中は元の白いところなど見当たらないほど真っ赤になっていた。


 割れた窓からスーッと一本の手が伸びてきた。

 それは人魔の手であった。

 窓の外にどんどんと詰みあがっていった人魔たちの山が、ついに4階の病室へと届いた瞬間であった。

 手は窓の外から中へと延びる。

 そして、窓の枠に置いてあったタマホイホイを掴もうとした。

「それか!」

 咄嗟に、スグルは人魔の腕を叩き折る。

 次いで、タマホイホイを咥えると、その勢いをもって外の中庭へと飛び出した。

 一瞬遅れを取ったセレスティーノは、振り返る。

 しかし、そこにはすでに、スグルの姿は有りはしない。

「それですか……なんだか分かりませんが、それは私がもらっておきましょう!」

 セレスティーノが後を追うように、窓から飛び出した。


 病室の中へとなだれ込んでくる人魔たちも、タマホイホイに引き寄せられるかのように、次々と窓の外へと飛び出していく。

 しかし、残念なことに、人魔たちは地面に着地すると同時、その体を水風船の如く破裂させていった。そう、ここは4階、普通の体であれば、つぶれてしまう。やはり、セレスティーノとスグルの体は別格と言う事であろう。


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