第198話 想いを掴むもの(1)

 セレスティーノもまた、事態収拾のために駆り出されていた。

 最近、アルテラが神民病院に頻繁に出入りしているという情報を入手していたセレスティーノは神民病院の人魔から片付けようと思い立った。

 あわよくばアルテラにいいところを見せようという魂胆である。

 アルダインの権力を手中に収めるために、まず、その娘であるアルテラを手に入れようと常々考えていた。

 アルテラが緑女であることは、百も承知のうえでである。

 セレスティーノにとってアルテラは権力を得るための道具であって、女ではない。

 伴侶となっても子供などもうけるつもりは全くなかった。

 そのため、緑女であろうがなんであろうが、特に問題ではなかった。

 まぁ、女には困っていないセレスティーノの考えなんてそんなところである。


 神民病院に近づくにつれ、人魔の数が増していく。

 まるで、人魔たちの目的地が神民病院であるかのようである。

「くそ、こんなに人魔が集まっていれば、アルテラさまに何かあったらどうするんだ。私の将来プランがくるってしまう」

 次々と剣を振り人魔を駆逐するセレスティーノ。

 そんな彼の頭上を一つの大きな影が通り過ぎた。

 ――何だ! あの影は!

 咄嗟に空を見上げる。

 人魔とは、明らかに異なる異質な影

 ――まさか! 魔人か!

 嫌な予感がよぎった。

 コレは、魔人に仕組まれたことなのか?

 ならばその元凶を潰すのみ。

 セレスティーノは、人魔に目もくれず、その影を追った。


 大きな影は向き合って2棟ある病院建物の一つの屋上で動きを止めた。

「どうやら、人魔たちはここに集まってきているようで正解か! さてさて、何が原因かな?」

 オオカミの魔人、すなわち、スグルは、月明かりで眼下に広がる中庭をくまなく見渡した。

 人魔たちは、対面の病棟に手をつき、何かを求めて一心不乱によじ登ろうとしていた。

 どうやら、お目当ては4階のある病室であるようだ。

 アソコか!

 スグルの後ろで何かが動いた。

「今夜は人魔だけでなく、魔人もいるのですか? 本当に騒がしい!」

 黒いキツネの魔装騎兵姿のセレスティーノがつぶやいた。

 スグルは咄嗟に振り返る。

「もしかして、セレスティーノか……こんな女っ気のないところになんで!」

「イケメンアイドル! セレスティーノですって……魔人ごときに挨拶してもテンション上がらんな……はぁ……」

 セレスティーノは面倒臭そうに剣を構えた。

「レディがいないのではやる気が起きませんからね、サッサと終わらせましょう……」

 その瞬間、スグルの目からセレスティーノの姿が消えたと思うと、すでにスグルの背後にセレスティーノが立っていた。

「ちっ、思ったより硬いですね」

 スグルの首筋から血が噴き出す。

「い、いつの間に!」

 セレスティーノの剣についた血をさっと振り払った。

 相手が悪い。

 セレスティーノは、騎士の中でも最弱。

 だが、腐っても騎士である。

 このままではやられるか

 スグルは、クロトからの命令を考える。

 今は、セレスティーノの相手をしている場合ではないか。

 スグルの目が、人魔が集まる部屋を気にした。

 セレスティーノは、その目の動きを見落とさなかった。そして、人魔たちが向かう、その部屋の、存在に気づいた。

「どうやら人魔どもはあの部屋に集まっているようですね」

 スグルはしまったという顔をした。

「なるほど、あなたの目的は、あそこですか。あそこには何かがあるのですね」

 セレスティーノは、魔血タンクを入れ替えた。

「限界突破!」

 セレスティーノの周りに闘気が渦巻く。

「さっさと終わらせて、あそこの部屋に行ってみましょうか」

 セレスティーノが再び剣を構えた。

 流石にまずい! このままでは確実にやられるか……仕方ない!

 スグルは大きく息を吸い込んだ

「魔獣回帰!」

 神民スキルの魔獣回帰を発動させる。スグルの体が、さらに大きく盛り上がる。

 その体は、巨大なオオカミそのものへと変わった。

 クロトの神民であるスグルにとって、たとえ魔人であっても融合国内は自国内と同じである。したがって、魔人の神民スキルである魔獣回帰が使えるのである。

「なぜ、融合国内で神民スキルの魔獣回帰が……ちっ! どこぞの騎士がかくまった犬ころというわけですか。と、言っても、騎士の私には勝てませんがね」

 その通りである。セレスティーノは騎士である。騎士の盾がある以上、セレスティーノには傷一つつけられない。

「鏡花水月!」

 セレスティーノは剣を正面に構えると、目をつぶる。周囲に闘気がさらに渦巻いていく。

 ――マズイ! マズイ! マズイ!

 スグルは咄嗟に後ろに飛びのいた。

「遅い!」

 セレスティーノの目が開いた瞬間、スグルの体から幾本もの血が噴き出した。

 体中のいたるところから魔血を噴き出し、屋上から落ちていく。

 しかし、スグルはにやりと笑う。

 落ちゆく体を反転させたかと思うと、垂直の壁を思いっきり蹴り飛ばした。

 ドンという音と共に落下の向きは、垂直に変わり、その体は水平に飛んだ。一直線に人魔たちが目指している対面の病室へと向かう。

 ガシャン!

 ガラスの割れる音共にスグルはその病室の中へと飛び込んだ。

「しまった! あの犬ころ! 最初からそれが狙いか!」

 セレスティーノは臍を噛む。

 そして、次の瞬間、屋上からその目的の部屋へとダイブした。




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