第546話 褒美の品は、当然!巨乳⁉

 薄っすらとした明け方の光の中、立ち上った砂煙が徐々に晴れていく。

 朝日に照らされたヒマモロフの種の雨が降り続いていた。


 キラキラと輝きながら落ちていく種の先。

 地面と壁との境界には、いびつな影が刻まれていた。

 その影の正体は、城壁にできた大きなくぼみ。

 そんなくぼみにもたれかかるかのように、タカトが白目をむいて気を失っていたのだ。


 プぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 そんな後、突然、女の子の鳴き声が響き渡った。

 その声の主はタカトの腹の上に座り込んでいた真音子。

 真音子が大声を出して泣き出したのである。


「真音子ォォォォォ!」


 階段を駆け下りてきた座久夜さくやは真音子を抱きしめた。

「ケガはないか? どこも痛くないか?」

 座久夜さくやは、真音子の体を丹念にさする。

 真音子は目をこすりながらうなずくのみ。


 城壁の上から階下の様子を呆然と見ていたカウボーイハットのオッサンは安堵した。

 自分が連れてきた少女はどうやら無事のようである。

 しかし、あの少年がいなかったら、どうなっていたことやら。

 そう考えるだけでもゾッとする。

 自分の愚かな行いを戒めるかのようにオッサンは、袋の穴を押さえていた手を強く握りしめた。

 だがもう、袋の穴からは何も落ちて来ない。

 どうやら、袋の中のヒマモロフの種は全部、地上へと落ちてしまったようである。

 オッサンの手元に残ったのは、こぶしに握られたこの一握りのヒマモロフの種。

 そんなヒマモロフの種が、おっさんの手の中でのギュッと言う音を立ててきしんだ。

 ――今回の戦利品はこれだけか……


 オッサンは肩に担ぐショボくれた袋を投げ捨てた。

 だが、その顔はどこか清々とした明るい表情。

 自分の娘のためにヒマモロフの種を欲したが、他人の娘を殺してまで手に入れるものではない。

 そう、俺は人殺しではないのだ。

 ならば、今回は、あの少女の命が救われただけ良しとしなければならない。


「とりあえず、このヒマモロフの種だけは貰っていくわ!」

 朝日が輝く城壁の上でオッサンは握りしめたこぶしを突き上げた。


「それじゃぁな!」

 オッサンは手を振ると走り出し、城壁の上に張り出した高い木の枝との間に結びつけられたロープをつたって一般街へと消えていった。


 その声を見送るかのようにビン子と座久夜さくやは城壁の上の空を見上げていた。


 「イテテテテ……」

 タカトは目を覚ました。

 だがそこは、城壁の前ではなく金蔵家の客間だった。


 目を覚ました……よかった……本当に、よかった……

 おそらくこれこそ、タカトが持つスキル万死一生のなせる技。

 万気吸収によって吸い込まれたあらゆる万気が、死を本能的に察したタカトの身体を一時的に強化していたのかもしれない。

 と言っても、この仕組み、タカト本人は全く理解していませんけどね。


 カウボーイハットのオッサンが逃げた後、城壁のもとに慌てて駆けつけてきたイサクや金蔵家の使用人たち。

「姉さん! スミマセンでした! 俺がお嬢から目を離したばっかりに!」

 座久夜さくやの元に駆け付けるやいなや地面に頭をこすりつけたイサク。


「お前のせいやない……真音子も無事や」

「でも……でも……」

「もう済んだことや……それよりも、落ちとるゴミ屑一粒残らず拾い集めや! 小さい子供が拾いでもしたら大変な事や! 今度は一粒でも残しとったらホントに承知せいへんで!」

「イエッサー!」

 ヒマモロフの種を拾い集めたのち、金蔵家の使用人たちによって気を失っているタカトは金蔵家へと丁重に運ばれたのであった。


「タカト様、お目覚めでございますか?」

 目を覚ましたタカトの部屋の廊下にイサクが手をつき頭を下げていた。


「タカト様? って俺の事?」

 タカトは自分の顔を指をさす。

「さようでございます。タカト様はお嬢を救ってくださった恩人。まさに金蔵家の恩人でございます」

「はぁ……?」

「金蔵家の家訓は受けた恩は10倍返し、受けた仇は30倍返しでございます」

「えっ! 何かくれるの?」

「タカト様、いかなるものをお望みでしょうか?」

「それなら! それなら! 巨乳美じ」

 ビシっ!

 タカトの後頭部がハリセンでシバかれた。

「バカ言わないの!」

 タカトの布団の横には目頭に涙を浮かべているビン子が正座していた。

 どうやら、倒れたタカトをずっと見ていたようである。

 と言っても数時間の事ですけどね。


「そうですか! タカト様は巨乳をお望みですか! ならば」

 イサクはスッと立ち上がると、身に着けていたエプロンを外してマッスルポーズ。

「存分にご堪能下され!」

 イサクの胸筋がピクピクと震えていた。


 固まるタカト。


 確かにごつい胸筋は巨乳と言えば巨乳である。

 だが、これは求める巨乳ではない。

「だれが男の巨乳を喜ぶんだよwww」


 おーパチパチパチ

 ツッコむタカトの後ろでビン子が拍手をしていた。


 それに気をよくしたイサクがポーズを変える。

 フン! フン!

 イサクがポーズを変えるたびに部屋の温度が高くなっているような気がするのはタカト君だけでしょうか。


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