第325話 ジョジョの奇妙なポーズ

「お前しかできんのだ! やれ! タカト!」

 ミズイは懸命に叫んだ。


 だがミズイの想いとは裏腹に、タカトの持つ剣先は力なく降りた。

 そして何を思ったのか、右手のひらをミズイの方へと大きく広げると、目をつぶった頭を偉そうに振りだした。

「断る!」


 はぁ?

 意味が分からないミズイの目は一瞬点になる。

 だが、そんなことを言っている場合ではない。

 このチャンスを逃せば、ソフィアを打倒、いや、マリアナを解放することはできなくなるのだ。

「お前、この状況が分かっているのか! 今しかないのだぞ!」

 ……頼む……


 そんなミズイの泣き叫ぶかに近いような声に、タカトは少々心を痛めはしたが、

「だが、断固! 断る! なぜなら俺は! 女には手をあげん!」

 と、裏声を張り上げた。


 俺は紳士なのだ!

 女に手を上げれば、そこはすでにSM部屋!

 それは俺の求めるハーレムの理想とは異なるのだ!

 膝枕で温かいお膝をすりすり……

 それで、耳掃除なんかしてもらえれば超最高!

 手を上げることで女にでも嫌われたりしたら、俺のささやかな夢ははかなく消えてしまう……

 それはできんのだよ……分かってくれ……


 意味が分からないミズイ。

 だが、今はそんなことを受け入れる時間的な余裕はなかった。

「何を言っているのだ、さっきその女に膝蹴りを入れていたであろうが!」

「記憶にございません!」


 泣き叫ぶミズイ。

 ……頼む……頼むから……

 もう、その声は鼻水でかすれかけていた。

「その剣で、その女の羽を切り落としたであろうが!」


「全くもって! 記憶にございません!」

 ひょうひょうと答えるタカトは、どこか薄情にも思えた。

 だが、仕方ないのである。

 かくいうタカトには、その時の記憶がなかったのである。


 今のタカトがなんとなく覚えているのは、激しい怒りの衝動。

 体の奥底から身震いしそうなぐらいの殺気と怨念のようなものが喉の奥を通って今にも外に出て来ようとする感覚。

 思い出しても身震いがしてくる。

 できれば、あの感覚には近づきたくはない。

 あれに支配されれば、きっと自分は自分でなくなってしまう。

 そう、タカトの本能が拒絶するのだ。


 ――きっとあの感覚は気のせいだろう。気のせいに違いない。

 そんな恐怖をぐっと呑み込んで、タカトは元気に空威張りをしているのだ。

 おそらく皆に心配をかけたくないという思いからなのかもしれない。

 いや、単にビビりと思われるのが嫌なのだろう。きっと。

 

「もういい! 私がやる! その剣を寄こせ!」

 いら立つミズイがタカトのもとに駆けよった。

 タカトの手から剣を奪い取ったかとおもうと、己が頭上に大きく振りあげた。


 ⁉

 だが、ミズイの剣もそこでピタリと止まった。


 というのも、ミズイの足元では意識を取り戻したソフィアがゆっくりと顔をあげていたのだ。

 そして、その震える手が、ゆっくりとミズイへと伸びてくる。


 振り上げた剣先が小刻みに震える。

 剣の束を握りしめる手にさらなる力を込める。

 ミズイは固く固く目を閉じた。

 強く閉じられた目尻に力が込められるたびに涙が絞り出されていく。

 ――マリアナごめんね……


 ついに覚悟を決めたミズイ。

 構えた剣を勢いよく上段から振り下ろした。

 輝く白刃が光の軌跡を残しながら、ソフィアの白き首へと落下する。


 だがその時、ソフィアの震える唇から思いもしない言葉がこぼれおちたのだ。


「ミ……ズイ……ね……え……さん……」


 ――エッ!

 一瞬耳を疑うミズイ。


 もしかして、マリアの意識が戻ったの?

 ミズイは、振り落とす剣先を必死に止めようとする。

 だが、覚悟を決めたその一撃。

 その一撃は、すべての思いを断ち切るかのように渾身の力を込めらていた。

 そう簡単には止まらない。

 ――止まらない!


 剣圧に抵抗するミズイ。

 だが、振り落とされる剣速は衰えない。

 ――いやっ!


 自らの剣でマリアナの首をはねる恐怖が、瞬時にミズイを襲った。

 ――誰かっ!


 この一刹那!

 まっすぐ落ちゆく剣先を、一体、誰が止めることができるというのだろうか……

 いや誰にもできやしない……

 分かっている……

 そんなことはミズイにも分かっている。


 だけど……


 だけど……


 ミズイの悲痛な叫び声が響き渡った。

 「いやぁぁぁぁっぁぁぁあ……!」


 すでに固く目をつぶったミズイ。

 それでも彼女に恐怖が襲う。

 愛しき義妹の首を自らがはねるという恐怖。

 せめてその恐怖から一瞬だけでも逃れるかのように剣先から顔を背けた。


 カキーィン!

 その瞬間、高い金属音がなり響く。


 先ほどまで白き白刃が描いていた軌道を、まるで龍がさかのぼるかのように黒き塊が一直線に伸びていく。

 その黒き塊は鉄の塊!

 天空へと勢いよく振りぬかれたハンマーであった!


 えっ?

 もしかして、このハンマーって、先ほどタカトのオデコにヒットしたハンマーじゃないの?


 そう、ミズイのすぐそばでタカトがハンマーを誇らしく自らの頭上へと突きあげていたのである。


 ――何!

 ミズイは恐る恐る目を開けた。

 激しい衝撃が襲ったかと思った瞬間、手の感覚がなくなった。

 震える両の手を見るミズイ。

 その手には先ほどまで握りしめていたはずの剣が無くなっていた。

 徐々に戻りくる手の感覚が、現実であることを物語っている。

 ミズイの手は震えていたというより、しびれていたのであった。


 ――何が起こったの……

 全く状況が整理できないミズイの横には、少々変なポーズをとるタカトが立っていた。


 タカトの右手には天に突きあげられたハンマー。

 そして逆の左手の中指をなぜかおでこの中心に突き立てて、まるでジョジョの奇妙な冒険に出てくるよなつま先立ちの奇妙なポーズをとっていた。

 

 ――決まった!

 おそらく、タカト本人は、きっとカッコいいと思っているのだろう。

 だが、はたから見ると、ちょっと、いや、かなり格好悪いぞ。

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